「ほら、ここいい眺めだろ?」

兄さんは喜々とした様子でとっておきの場所を紹介してくれた。
ひどく幻想的で、僕は思わず見惚れてしまった。

眼下に見下ろせる町並みは小さく見え、まるでおもちゃ箱のようで、今にも沈みそうな夕日はキラキラと輝いていた。
そして目の前に広がるオレンジが街中に溶け込んでいく。

「クロと"遊んでいる"時に見つけたんだ」

「うん…すごく綺麗だね」

きっと修行のことを指すのだろう。
隠しているようだったが、時たま部屋を抜け出していることを僕は知っていた。

きっとここで何を話すかなんて理解できて、もう少しの間だけでもこうして眺めていたいと思った。


『お前のことなんか大嫌い』


そう言われるのだろうか。
朝はあれだけ悩んでいたのに、何故かはわからないが今はひどく穏やかな気分だった。
今日デートして何かがふっ切れたのだと思う。


「これで、もうデートもおしまいだな」

「…そうだね」

「今日はずっげぇ楽しかった」

肩を揺らして笑う彼は、手摺に乗り出していた身を捻ると肩越しにこちらを見た。
それが真摯なもので僕は動揺していることを必死に隠そうと躍起になった。

「俺はお前と、セックスだけじゃないこと、したかったんだ」

「は?」

突然何を言い出すのだ。
ぼそり、と小さく呟かれた言葉はやけに明瞭に聞こえた。

セックスだけじゃないことって一体なんなんだよ。

心臓が激しく鳴っている。
兄さんにまで聞こえてしまいそうなくらい。

「っ…そんなの…僕だって!」

「でもあの時キス拒んだだろ」

「っ!それは…」

違う。
思わず唇を噛みしめた。
やっぱり僕の気持ちは何一つ伝わっていない。

「雪男がそんなに動揺するなんて珍しいな」

「別に、動揺してなっかっ…!」

「でもあれは俺が悪かったからいいんだ」

諦めたような表情に言葉が詰まる。

「ぼ……、僕は恋人でもないのに駄目だと思って」

恋人としてしたかった。
セフレなんかいやだから。

けれどただ兄さんと触れ合えるだけの理由がなかった。
だから、利用した。

「キスまでしたらセフレと恋人、してることまで一緒でなにひとつ変わらない。
だったらセフレのまんまでいいってことになる。」

一昨日兄さんがキスをしようとしてきた時にはもう驚いた。
キスはきっと精神面に強く影響されるものだと思うし、兄さんとのキスは心が通ってからと決めていたからだ。
兄さんは恋人ごっこのつもりだったかもしれないが、ひどく裏切られた気がした。
勿論気持ちは揺らいだし、許してしまいそうにはなった。
だけど、きっと、いや絶対後で後悔するのはわかってたから拒んだ。
心が通わないキスなんて、ただの粘液交換にすぎないんだ。

「そんなの僕は嫌だ」

「そっか。そこまで、考えてたんだ」




一陣の風が吹いた。
髪がそよぎ、ひんやりとした空気が肌を撫でた。



「俺さ、雪男みたいに頭よくないから考えられないんだよね」

照れているような悲しんでいるような複雑な表情で、曖昧に笑った。


「だからストレートに言うことしか思い付かなくて」

肩越しだった彼の顔は、いつのまにはまっすぐ向かい合っていた。


「雪男、俺はお前のことがすきだ」




目が合わさり、誰も動かなかった。

その時地平線に沈んでいく夕日が一際輝いて見せた。
淡いオレンジ色の光は僕らを覆い、逆光となり兄さんの表情まではうかがい知ることはできなかった。
それでも、これだけはわかった。昨日までの暗い影はそこにはない。


そして僕らは、






今日は兄弟で昨日まではセフレで、明日からは?




end


111222
.........................
おわりです。
ここまで長かった…!

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