祈りすら届かない白昼夢に君を描く


『太宰の事が好きなんだろ』

 中也に言われた言葉が頭から離れない。あれからわたしは任務には赴けないが、日常生活に支障はきたさないくらいまでは回復した。あの日以降中也とはちょくちょく顔を合わせることはあるが、またしても少しギスギスしてしまっている。でも仕方がない。あの言葉の意味を問いただそうにもその話題になった途端中也が話を変えるのだ。仕方なくわたしが折れて流されたフリをする。そんなことの繰り返しだ。

「なんで何も言ってくれないの」

 ばか、と呟いたが目の前を走って行った電車の音でわたしの呟きは掻き消された。着慣れないワンピースの裾がひらひらと靡く。深手を負い当分は使い物にならないわたしにボスが暫く暇をくれたが、自宅でダラダラするのにも飽きたので街へ出掛けることにした。生憎わたしはキャリアは長くても実力は中の下程度の敵組織に顔も割れていないゆるふわ構成員なので、街へ出掛けたところで攻撃を仕掛けられる、拉致される、などの心配は極めて少ない。

 街へ出掛けてショッピング、とは言ってもそのようなことに付き合ってくれるような友達などいるはずもないわたしは、どこにかわいいお洋服が売っていて、どこにオシャレなカフェがあるのかさっぱりわからない。なので適当に街をぶらぶらすることにした。

 物心ついたときからポートマフィアに所属している。この世界の処世術は早くに叩き込まれていて、気付いたら銃を握った時、指先と感情を切り離すのに何の躊躇いもなくなっていた。そんな生活だけを送って生きてきたわたしは、外に遊びに行くなんてことは滅多にしなかったし方法さえ分からなかった。誰も教えてくれなかった。ただ一人を除いて。

「…冷たっ」

 気付いたら近くに噴水があり、風で吹けた水がわたしの肌を少し濡らした。そういえばここ、昔太宰と来たことがあるなあ。相も変わらずどこへ行くも思い出すのは太宰のことばかりで笑える。この前の中也の言葉が頭の中を反復したが聞こえないふりをした。今は少し考えることをやめたい、だなんて都合の良い頭だ。幼い頃からポートマフィアとしての任務に没頭してばかりのわたしに同情してか、今と思えばどういう意図だったのかは分からないが太宰はよくわたしを外へ連れ出してくれた。まあどうせきっと彼の気まぐれだろうけれど。ここの噴水に二人で来た時、彼が座った近くでカラスが水浴びをし出して服がびしょびしょになって笑いながら二人で帰ったっけ。心の中に空いた穴が痛み出すような、そんな感覚がして思わず胸に手を当てた。

「よいしょっと」

 前に来たときに彼が座っていたベンチへ同じように腰を下ろしてみた。周りは思いの外カップルばかりで居心地が悪い。あの頃の太宰とわたしは周りから見たらカップルのように見えていたんだろうか。なんて、そんなことを考えてもね。

 未練がましい自分が嫌になって俯いた。太宰がいなくなってからわたしはなんだかおかしい。自覚はあった。でも理解したくなかった。だって理解してしまったら気付いてしまう。自分が寂しがってるってことに。彼がいなくなって、とてつもなく寂しい。まるで半身を失ったかのような喪失感。気付かないふりをしていたけどもう限界だった。彼と行った公園、そしてこの街。太宰の面影を追い続けている。別にこの世からいなくなったと確定したわけではない。でも分かっていた。彼はもうポートマフィアに戻ってはこない。分かっていても会いたくて、寂しくて、どうしようもなかった。

『太宰の事が好きなんだろ』

 中也の言葉が蘇る。そうか、わたしは太宰のことが好きだったのか。そう実感した途端涙が溢れた。ずっと目を反らしていた感情と真正面から向き合えた気がした。わたしの顔から滑り落ちた雫がワンピースを濡らした。このワンピースだって本当は次に彼とどこかに行くために買ったものだった。なのにこんな形で、一人で彼の面影探しのために着ることになるなんて、なんだか笑えた。笑ったつもりだったけど口角なんて上がらなくって、ただ瞳から雫が溢れるだけだった。

「そこのご婦人」

 隣に誰かが座った気配がした。こんな噴水近くのベンチで、声は殺しているけれど明らかに泣いている女に声をかけるなんて物好きな人もいたものだ。こんな顔、たとえ他人といえども見られたくはない。顎が首に食い込むんじゃってくらい俯いて泣き顔を隠した。

「すみません、落ち着いたらすぐ退きます」

「いえ、お気になさらず。そんなことより」

 わたしに声をかけた人物はそっと壊れ物を扱うかのようにわたしの手を取った。その手には包帯が巻かれていて、穏やかな雰囲気を放つこの場所にはなんだか不釣り合いだった。それはまあ、わたしもだけれど。

「そんなにも悲しいのでしたら、私と心中しませんか?」

 声、匂い。そしてこのセリフにハッとして顔を上げる。そこには今までわたしを泣かせていた原因である男が、穏やかに笑っていた。

「………太宰?」

「久しぶり、酷い顔だね。ナマエ」




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