やがて痛みになる思い


 物凄い剣幕で中也がわたしの元へと歩いてくる。声を掛けようとしたが、そんな間もなく胸ぐらを勢いよく掴まれた。中也の顔は険しい。すごく怒っている、それくらい長年の付き合いだから分かる。でもなんで?そう思い困惑していると視界の端に映った芥川もわたしと同じように呆然としていた。

「…何でだ」

「…え?」

「そんなにも太宰に未練があるのか?あいつが居ないとお前はダメになっちまうのか!?俺がいるだろ!俺だけじゃねぇ!ここにいる芥川だって、ボスだって、お前を必要としてる!そんなことも分からねぇのか!?」

「ち、ちょっと待って。どうしたの中也」

「…中原さん、ナマエさんは重症です。手荒な事はしない方が」

「あ?なんでお前はそんなに落ち着いてるんだよ!芥川!こいつは自決しようとしたんだぞ!?」

 わたしと芥川は今まったく同じ顔をしているだろうし、そして案の定ハモった「は?」と。自決?わたしが?自分とわたしたちの間にある温度差を感じ取ったのか、今にも誰かを殺しそうなくらい怖い顔をしていた中也の表情がだんだん困惑の表情へと変わっていく。

「中也、何か勘違いしてる?自決ってなに?」

「………部下がナマエが太宰がいなくなったショックで自分の腹に銃弾ぶち込んだって…」

「そんなことしてないよ…」

「然り。ナマエさんは敵組織の人間に撃たれました。やつがれがこの目でしっかりと見ています」

「……………まじかよ」

 中也はわたしの胸ぐらを掴んでいた手を離すと、顔を手で覆い膝から崩れ落ちた。何というか、掛ける言葉が見つからない。

「あの、中也?」

「俺の…勘違い…?」

「……そうだね」

「………はっずかしい…死にてえ」

 床にめり込みそうなくらい落ち込む中也の頭をポンポンと叩くと、涙目で見上げられた。そんなに心配してくれたんだ、思わず口元が緩む。すると、ゴホゴホと咳き込む音がしてハッと芥川を見る。

「芥川!仕事あるんだよね!ごめんね!」

「いえ、ではやつがれはこれで」

「本当にありがとう」

 ペコっと頭を下げて芥川は部屋を出て行った。項垂れる中也もヒラヒラと手だけを振っていた。そういえば、中也が来る前に芥川が何か言っていた気がするけれど、なんだったのだろう。

「おい」

「なに?」

「その、悪かったな…勘違いした挙句胸ぐら掴んでよ」

「ぜんぜん、大丈夫だよ。ふ、ふふふ」

「…何笑ってんだよ…ああ!?」

「だって、自決とか、わたしがするわけないじゃん、ふふふ、あははは!」

 もう我慢の限界。心配してくれてたのはとても嬉しいけどわたしが自決しただなんて噂が出回って鬼の形相で中也がわたしの胸ぐら掴んでお説教って、面白すぎる。笑い続けるわたしを見て、中也は今にもまた掴みかかってきそうだったけど観念したかのように溜息を吐いて、わたしの居るベッドの横にある椅子に座り直した。

「笑いすぎだっつーの!お前に限ってそんなことはないと思ってもなぁ!最近浮かない顔してたしよぉ!俺も心配だったんだよ!」

「そっか、ごめんごめん。ありがとう」

 中也の頭を撫でようと手を伸ばしたが、腕を掴まれてしまって、そのまま手を強く握られる。普段はこんなことしないのに、よっぽど心配してくれたんだな。

「…ガセ情報俺に流した部下絶対シメる」

「そうだね、そうして。あとわたしは自決なんてしない図太いやつだって言っといて」

「はっ、そうだな。」

「中也」

「なんだよ」

「ごめんね」

「だからもう良いって。つーか俺の勘違い…」

「そうじゃなくって、太宰のこと。」

「…太宰?」

「うん、中也は太宰のことよく思ってないのに、それなのにペラペラ太宰の話ばかりして、わたし無神経だったよね」

 ごめんなさい、もう一度頭を下げる。この前のことを、有耶無耶にしておきたくなかった。そうじゃなきゃこれからだって太宰の話題が上がるたびに中也と気まずい感じになってしまう。それは嫌だった。チラッと中也の表情を窺うと、少し驚いたような、なんともいえない表情をしていた。

「あー…俺、なんかお前に変な態度取ってたか?」

「…なんか、素っ気なかったから」

「そっか、悪りぃな」

「だから謝ってるのわたし」

「お前が謝ることじゃねぇよ。俺が…あー、その…なんでもねぇ」

 気まずそうにそっぽを向く中也の顔はどことなく赤い。どうしたんだろう。さっきまで強く握られていた手も気付いたら離されていた。

「そういやお前怪我大丈夫なのかよ」

「全治数ヶ月だって。優しくしてね」

「何をだよ…俺はいつでも優しいっつーの」

「ふふふ、言ってなよ」

 やっぱり中也と話していると安心する、気を遣わなくて良いからすごく楽だし。それになんだかんだすごく優しい。わたしが例えば本当に自決をし、失敗して生き残ったとしてもあんなにも声を荒げて怒ってくれる人は中也以外にはいないだろう。

「…別によぉ」

「ん?」

「太宰の話をするなとは言ってねぇ」

「………うん」

「ただ、俺が…太宰の話をお前の口から聞くのが面白くないだけだ」

「うん?それは中也が太宰のことが嫌いだからでしょう?」

「それはっ!そうだけどよ…」

 珍しく歯切れが悪い中也の言葉に首を傾げる。またしても中也の顔は赤い。しかも目を合わせてくれないので、顔を両手で掴んでこちらに向ける。

「うおっ!」

「なーに、はっきり言って」

「…………なんでもねぇ」

「言って」

「…お前は」

「うん」

「太宰の事が好きなんだろ」

 しまい込んでいた宝箱の蓋を、無理矢理こじ開けられたような、そんな気分だった。




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