続かない寓話


 前方を、少し癖のある黒髪の身体中包帯ぐるぐる巻きの男が歩いている。ああ、これは夢か。直感でそう感じた。どんなに速く歩いても、走っても、前を歩く男には追いつけない。男は光の射す方へとずんずん歩いて行く。いやだ、待って、行かないで。手を伸ばそうとしたら後ろから誰かに腕を掴まれ引き寄せられた。タバコの匂いと、お気に入りだって言ってた香水の匂い。気付くと前を歩いていた男はいなくなっていて、わたしと、わたしの腕を掴んでいる男だけになってしまった。光なんてない。真っ暗闇の世界。少し怖かった、でも心地良い。男がわたしの腕を離したと同時に振り返る。そこには誰もいなかった。残り香だけが漂っていた。すると突然、頭とお腹に激痛が走り視界が明るくなった。

「目覚めましたか」

「……芥川」

 視界一面に広がる白い天井、その端でわたしの顔をジッと覗き込む芥川。ここはポートマフィアの医務室?なんでこんなところに、と記憶を辿っていると、芥川が溜息を吐いてから渋々、といった様子で口を開いた。

「…貴方はやつがれとの任務後、やつがれが殺し損ねた残党に背後から腹を撃たれ、そのまま頭から床に倒れ今に至ります」

「……まじで…わたし相変わらずまぬけだあ」

「軽口を叩けるようなら結構。お加減は?」

「お腹と頭が痛いけど平気」

「…そうですか」

 撃たれたらしいお腹を軽く撫でると激痛がして身を捩りそうになったが、これ以上芥川に迷惑を掛けるわけにはいかない。なぜならわたしたちが任務を行っていた時間は深夜。今は真昼間だ。芥川がいつから此処に居るかは分からないけれど、少なくとも彼の仕事の邪魔をしているのは明白だった。

「もしかしてずっとここに居てくれてたの?」

「………」

「ありがとう」

「………やつがれが」

「ん?」

「やつがれが未熟故、貴方にその様な怪我をさせてしまいました。」

「な、なんでそうなるの!芥川は任務をしっかり遂行してくれたじゃん!わたしなんて何にもしないでペラペラ喋ってただけだよ!」

 芥川をこんな顔にさせたと知ったら樋口が泡を吹いて倒れるだろう。実際芥川は何も悪くない。何の役にも立たないわたしが余裕をぶっこいて殺し損ねた残党がいないか確認もせずに、まるでショッピング帰りの様に警戒心0で振舞っていたのが悪いのである。

「…しかし」

「そんな顔しないで!大丈夫だから!」

「…分かりました」

 いつもの芥川の表情に戻りホッとする。すると、着信音が鳴り響いた。音の正体は芥川の携帯らしく、外套のポケットからそれを取り出し部屋の外へと出て行った。だが、ものの数秒でこちらへ戻ってきた。

「すみません、任務が入ったので失礼します」

「そうなんだ。忙しいのにずっと付き添ってくれててごめんね、ありがと」

「…いえ」

 バツが悪そうに芥川がそっぽを向く。部屋を出ようとする背中を目で追っていると、勢いよく芥川がこちらを振り向いた。突然振り向くものだから、びっくりして被弾した腹部がズキッと痛んだ。

「ど、どうしたの」

「…貴方が怪我をされたと聞いたら彼の人は戻ってくるのでしょうか」

「…彼の人?」

「太宰さん」

 太宰の名前を聞かない日はないな、などと自分のことは棚に上げ、心の中で苦笑する。わたしが怪我をしたら太宰が戻ってくるだなんておかしな理屈だ。なんだか芥川らしくない。

「どうして?わたしが怪我したところで太宰は興味なんてないんじゃない?」

「…いえ、太宰さんは貴方を」

 すると突然バンッと大きな物音がして芥川とわたしは一斉に扉の方を見る。そこには眉間に深く皺を刻んで、怖い顔をして立ってる中也がいた。
 




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