トワイライトリライト


 公園で話して以来中也とは会っていない。あの日の帰り道はお互い一言も発さず、事務所に着くと中也はこちらを見ることもなく「お疲れ」と言い去っていった。表情は窺えなかったけれど、声色からしてなんとなく不機嫌そうだったのが気になった。中也からすると大嫌いな太宰の話を聞かされるのはいい気はしないんだろう。なのに中也の気持ちも考えずに無神経に太宰の話ばかりして、わたしはなんて身勝手なんだろうなあ、と反省。

「六回目」

「えっ何が」

「溜息です。貴方が溜息を吐いた回数」

 無駄口は一切叩かない、自分からは話しかけない、そんな寡黙な芥川から久しぶりに声をかけられただけでも驚きなのに、その内容にも驚いてしまった。溜息なんて吐いてる自覚は全くなかった。しかも六回も吐いていたなんてそこそこ鬱陶しい。

「か、数えてたの?」

「目標がなかなか現れないので」

「暇だったってことね…」

 芥川のお茶目な一面が発見できたからよしとしよう。グッジョブわたしの溜息。だなんてバカなことを考えている場合ではない。今は任務の真っ最中である。我らポートマフィアに対する裏切りとも等しい行いをした組織に制裁をするべく奴らが隠れ家とする拠点へと馳せ参じたわたしたちだが、目標がなかなか現れず気付けば数時間が経過していた。そりゃあ芥川もわたしの溜息の数を嫌でも数えたくなるわけである。

「なかなか現れないね」

「やつがれらを裏切るような連中、故に何か策があるのでは」

「…逃げられたってこと?」

 沈黙は肯定と思っていいのだろうか。芥川とは彼がポートマフィア入りをしてからの長い付き合いになるが、未だわたしに心を開いてくれているような様子はない。太宰の部下だった芥川は、太宰の手によってスパルタともいえる指導を受けていた。やりすぎではという周囲の声を気にすることなく太宰は芥川を育て上げ、そして彼を認めることなくいなくなった。芥川に期待をしていたからこそ厳しすぎる指導を行っていたのか、どんなに考えを巡らせたところで真相を知る者は太宰本人のみだ。そんな扱いを受けていながら、憧憬のような感情を芥川が太宰に抱いていたのは知っている。そんな太宰が突然いなくなったのだから、太宰の失踪に芥川はきっといい感情は抱いていない。相当荒れているだろう、とハラハラしながら今回の任務に参加したが、荒れているどころかいつもより穏やかなように思えて少し安心した。

「貴方の」

「ん?」

「貴方の溜息の理由は…」

 芥川が何かを言いかけた刹那、銃声が響き渡る。敵襲だ。反射的に身を屈めて腰にぶら下がっている銃に手をかけた。だが一瞬で、銃を持った強面の男たちが黒獣の餌食になる。芥川の異能力、羅生門だ。夜に染まっていた裏路地が尚、黒く染まる。夜が明けたらここは一面血の海になっているんだろうな。こういったお掃除を専門とする人たちのことを思うと不憫で仕方がない。羅生門は悪食でありお行儀が悪い。辺りを見回すが、人らしい形をしている者はもういないように思えた。出番の失われた相棒を所定の位置へそっと戻すと、突っ立ったままじっと血の海を見ている芥川へ声をかけた。

「さすがだね。任務完了!帰ろうか」

「貴方の」

「…なに?」

「貴方の溜息の理由は太宰さんですか」

 わたしの目を真っ直ぐ見据える芥川の目は底無しの闇のように真っ暗だ。あまりの威圧感に目を反らすと、羅生門によって肉片と成り果てている死体の一部が目に入った。芥川は荒れていない、なんてことはない。残虐性は何時ものことながら、今回の殺し方はあまりにも派手だ。たかがわたしたちを裏切った小物如きに行う制裁にしてはやりすぎのように見える。"太宰"その名前を口にした途端彼からピリピリとした殺気のようなものを感じた。

「…別に太宰が理由ってわけではないけど、関わってないってわけじゃない。ってとこかな」

「…そうですか」

 太宰太宰言いすぎて中也と気まずい雰囲気になっているなんて伝えるのは正直面倒臭い。それにこんな状態の芥川の前で太宰の話をホイホイするほどわたしは馬鹿ではない。

「もしかして心配してくれたの?芥川も優しいところあるんだね?」

「違います」

 妙な雰囲気を断ち切ろうと思い茶化すと、バツが悪そうに芥川が出口に向かって歩いて行った。彼からはもう殺気は放たれていない。ホッとして、わたしも彼の後ろに続く。もしかしたら芥川も認めたくないのかな、太宰がいなくなってしまったということを。そんなことをボーッと考えていると、背後から小さな物音が聞こえた。

「ナマエさん!」

 パンッと響いた銃声と、珍しく大きな声でわたしを呼ぶ芥川。そこでわたしは意識を手放した。




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