拝啓、あなたは美しくて冷たい人
「あ、降ってきた」
空が泣き出したのを見て溜息ひとつ。ポートマフィアであるわたしが折り畳み傘などを常備している女子力の高い人間であるわけがない。どこかコンビニにでも寄って傘を買いに行こうかなと思ったが、傘を差すほどでもないような中途半端な雨だった。わたしはこの季節が苦手だ。じめじめして雨ばかり続いて憂鬱な気分になる。そういえば彼にもそう言ったことがある。
「素晴らしい季節ではないか!なぜなら私が生まれた月だよ!」
なんて、両手を仰々しく広げて言われたっけ。少し雨宿りしようと思い、丁度近くに屋根の付いているベンチのある公園があったことを思い出し足を運ぶ。ベンチには先客もおらず、公園には人の気配すらなかった。このような職に就いていると人気のないところが落ち着いたりする。ホッとした気持ちでベンチに腰掛けると、公園の隅に控えめに咲く淡い青や紫色をした紫陽花が目に入った。
「誕生日を覚えるのが苦手なのかい?では紫陽花が綺麗に咲いているのを見たら太宰の誕生日が近付いてきた!と思い出してくれ給え」
ふとそんなことを言っていたなと思い出す。誰の断りもなくいなくなったくせに、ちゃっかり記憶に存在してる彼を少し恨めしく思った。気まぐれに空が顔色を変える季節とこの花、すごく彼にぴったりだと思った。ぼーっとベンチに座ってそんなことを考えていると後ろから頭を軽く叩かれた。
「いたっ…ちょっとなに…って中也か…」
「こんなとこで何してんだよ」
振り向くとそこにいたのは中也で、今度は鼻を思いっきりつままれた。「痛いよー」と鼻声で伝えてるとハハハと歯を見せて笑った中也を見て、この前まで仏頂面でイライラしていたのが嘘のように感じた。素の表情を見せる中也を見て、仕事がひと段落したのかな?と少しホッとした。
「こんなところで何してるの?」
「質問を質問で返すなっつーの。任務帰りにこの公園の前通ったら見知った背中が見えたから寄ったんだよ」
「お疲れ。わたしも任務帰りで歩いてたら雨が降ってきたからここで雨宿りしてたの」
ポンポンと隣を叩いて中也に座るように促すと、わたしの隣にドカッと腰掛けた。中也の手にはほどほどに濡れた傘。彼には雨宿りをする理由がない。それでもなんだか、紫陽花に囲まれたこの場所で中也とゆっくり話していたい気分だった。
「ねえ中也」
「んだよ」
「もうすぐ太宰の誕生日だね」
「…あ?そうだっか?知らねえ」
それもそうだ。中也が太宰の誕生日を覚えているわけがない。何となく思い浮かんで口を出た言葉ほど後悔するものはない。自分から太宰の話を振っておきながらその後の事は特に考えていなかった。話を逸らそうと雨やまないね。などとありきたりな言葉が口を出たが、中也の言葉に遮られた。
「…あいつは戻ってこねぇよ」
その言葉を聞いた途端鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。中也が言ったことは何も間違っていない。なのに中也は何を言っているんだろう?と本心を必死に隠しているもう一つの気持ちが自分の中にあることに気付いた。
「…なに、突然」
「あいつは戻ってこない。それくらいお前も分かってんだろ」
中也がベンチから立ち、数歩離れたところで傘を広げた。帰るぞ、そう言わんばかりにこちらを見る。でもわたしは立ち上がれなかった。まるでこの場所から離れたくないかのように。彼の生まれた季節に咲いた花たちに囲まれながら、もう戻ってこないであろう彼の話をただここでひたすら話していたかった。中也に腕を引かれて我に返る。わたしを射抜くその目は「現実を見ろ」と言っていた。