苦くて、甘い


 銃声が響く夜。その銃声を閑散とした廃工場で響かせているのは紛れもないわたしだ。違法取引の現場を抑え、品物の回収し、その場にいる者達を抹殺する。それが今回の任務だ。任務対象が傭兵や、同業の手練れだった場合、わたしのようなペーペー構成員には回されない任務内容だが、今回の相手は銃もナイフも所持していない素人同然。物陰から奴等の急所をただ、銃で撃ち抜けばいいだけの簡単な任務だった。全員、と言ってもたかが三人程だが、鮮やかな血を噴き出して倒れたのを確認したので、取引の品物を回収するべく、奴等が倒れる血の水たまりへと近寄った。

「これかな?」

 茶色の包装紙が巻かれた小箱のようなものが、もうただの肉片へと姿を変えた男の側に転がっていたので手に取った。若干、血が付いてしまったけど中身が無事ならまあ、いいか。ふと、わたしの足元辺りで死んでいる男が被っていたであろう黒い帽子が目に入った。帽子なんて見て思い出す人物なんて一人しかいない。

 この前の中也の告白の返事を、わたしはまだ返せていない。というか、彼が居そうな場所を全て避けてできるだけ顔を合わせないようにしている。こんなんじゃダメだと思いながらも中也を避けてしまう自分には呆れた。彼を傷つけたくない。なんて偽善者みたいな理由を仕立てあげながら、本当は返事をして、そんな彼の顔を見て傷つく自分を、ただ庇っているだけなんじゃないのか。なんて、考えれば考えるほど自己嫌悪に陥る。足元に転がる彼のものよりも安っぽい帽子を見て、自然と溜め息が出た。

 品物も回収し、目標の始末も終わった。帰るか。そう思い、現場を後にしようとした途端、近くから人の気配を感じて、腰に収めた銃を再度手に取った。

「…ッ!ひいいい!」

「…なっ!」

 物陰から現れた男が、血の海に倒れる三人の死体と、わたしを交互に見ると、突然大声を上げて、手に持った銃をわたしに向けて乱射し出した。咄嗟に物陰に身を顰めたが、右足を被弾してしまった。もしかして、わたしが手にかけた奴等の仲間だろうか。目標は三人と聞いていたが、情報班がポカをしたのだろう。錯乱して銃を未だ連射し続ける男を物陰から見ると、後退りをしながら逃げようとしている。まずい、仕留めないと。そう思い、引き金に指を引っ掛けようとするが、体が震えて言う事を聞かない。片手で持っていた銃を両手で持ち直し、態勢を整えて男がいる方へ向けると、男はわたしがいる場所からは視認できない所へ移動してしまったらしく、足音だけが鮮明に聞こえた。

「…ッ」

 立ち上がろうとしたが、右足に力が入らず膝をついてしまう。止血、と思ったがそんな暇はない。早くしないと。早く。焦る気持ちとは裏腹に、言う事を聞かない体に苛立ちが募る。男の足音が遠ざかる。もうだめだ。そう思い下唇を噛み締めた刹那、大きな叫び声が廃工場に轟いた。思わず物陰から這うように出ると、此方に向かって歩いてくるシルエットに見覚えがあった。

「…中也?」

「…あ!?ナマエ!?何で此処に!?」

「任務だよ…中也こそなんで此処に」

「素人がポートマフィアの縄張りで武器やら弾薬やらの横流しに手出してるって聞いたから近くに視察に来たんだよ。そしたらドンピシャ。さっきの奴がそうだったってわけだ」

「ああ、成る程…」

 わたしが始末した三人と、先程中也によって始末された男はどうやら色んなタブーに手を出していたらしい。でも危なかった。武器、弾薬の横流しに奴等が関わっていたなんて初耳だ。わたしが始末した三人も銃を隠し持っていたら今頃わたしは蜂の巣だったろう。そう考えると背筋がヒヤリとした。

「てかお前怪我してんのか!?」

「さっきの奴に撃たれた」

「先に言えよ莫迦野郎!」

 煙草に火を点けかけていた中也が、煙草を放り投げてわたしに駆け寄る。あまりの大慌てっぷりに少し笑えたけど、笑っている場合ではない。肩にかけていたコートをナイフでビリビリと破いてわたしの右足にキツく結ぶ。そのコート、お気に入りだって言ってたのに。申し訳なさでいっぱいになる。中也の顔をこっそり見ると、本当に心配そうにわたしの右足を険しい顔で見つめていて、胸がズキッと痛んだ。

「さっき派手にドンパチしてきた奴等がいて医者は手空いてねぇんだよ…」

「…そうなんだ」

「…仕方ねぇ。ボスに診てもらうか…」

「ボスは今日出張じゃなかったっけ?」

「ああ!そうだった!クソが!」

 連絡用のスマホを叩くように操作していた中也だが、苛立ちが沸点に達したらしくそのスマホを床に叩きつけた。

「ありがとう。わたしは大丈夫だよ。このまま家に帰る」

「は?お前の家怪我処置できる道具とか揃ってんのか?」

「…揃ってないけど」

「駄目じゃねぇか!もういい!俺の家に連れてく」

「え!?中也の!?ってうわあ!」

 ふわっと体が浮いたと思ったら近くには中也の顔。これは所謂お姫様抱っこ。一気に顔に熱が集まるのが分かった。そんなわたしを見て中也は一度驚いたような顔をしたが、意地悪そうに口角を上げた。

「へぇ?なんだ。やっと俺のこと意識するようになったのか?」

「…は、はあ!?なにそれ!」

「痛ぇ!叩くな!大人しくしてろ!」

 確かに以前のわたしだったら中也にお姫様抱っこをされたところで何も思わなかっただろう。だけど今は違う。中也はわたしのことが好きだということを、わたしは知っている。そんな状況で何も感じずに居られる程、わたしは無神経な女じゃなかったみたいだ。図星を突かれて中也に八つ当たりしたが、冗談交じりにわたしを構う中也に、酷く安心する自分がいた。もう一度中也の顔を盗み見ると、丁度此方を見た中也とバッチリ目が合ってしまい、勢いよく逸らしてしまった。

「ナマエ」

「…なに」

「別に持ち帰って食うわけじゃねぇんだから安心しろ」

「わ、分かってるよ」

「いや、分かってねぇな」

「分かってるってば!」

「分かった!分かったから叩くな!お前怪我してんだから大人しくしとけ!」

 そう言って困ったように笑う中也の顔を見て、なんだかわたしだけ余裕がないみたいで恥ずかしい気持ちになる。ふと、怪我をした自分の右足が目に入った。迷いなく切り刻まれた中也のお気に入りのコートが止血の為に巻かれている様は、中也がわたしのことを本当に大切に思ってくれている証みたいで、棘が刺さったみたいに心臓がチクチクと痛んだ。
 




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