ほつれた糸の絡め方


 酒の勢いとは怖いものだと改めて実感した。驚きで目を見開くナマエと、そんなナマエの顔に手なんて添えて、まるで余裕綽々といった様子の俺。余裕なんてあるわけがなかった。その証拠に、心臓は壊れそうなくらい鳴ってやがる。勢いに任せて好きだと言ってしまった瞬間、酔いが覚める都合の良い酔い方をする自分にうんざりした。

 時が止まったみたいに固まっていたナマエの口が緩く開いたのを見た途端、滑り出したかのように俺の口から言葉が飛び出した。

「返事、待ってる」

 そんなキザみたいな台詞を置いて、何事もなかったかのように席を立つ俺は、ナマエの目にはどう映っているのだろうか。でも今はそんな小さな事に気を取られている場合ではない。あいつが口を開くのを大人しく待っていたらと思うと銃口を向けられた時はみたいに、背筋がヒヤリとした。きっと、ナマエはごめん。とそう言いたかったのだろう。だが、聞きたくなかった。

「…だっせぇ」

 レジ打ちの女に適当に金を押し付けて、俺は店を後にした。返事、待ってる。だなんて、まるで優しさから生成されたみたいな余裕のある台詞だが、実際はただ逃げただけだった。あいつの口からごめん。と聞いてしまえば、終わってしまう。そう思うと、俺は命乞いをするクソみてぇな下っ端マフィアのように臆病になっちまうみたいだ。



 店を後にした中也の背中を、大きな口を開けて見続けるわたしは、周りからみたら変な女同然だろう。

ナマエ、俺はお前が好きだ

 中也の言葉が、繰り返し繰り返し頭の中で再生される。まさか、という感情とやはり、という感情が複雑に絡み合って何も言えなくなる。この前中也の家で彼に押し倒された時の事が頭をよぎる。あの時の中也の顔は見たことがないくらい男の顔だった。その時に薄々確信していた。もしかしたら、って。でも目を逸らしていた。幼馴染みたいで、家族みたいな中也がわたしをなんてそんなまさかと思い、考えないようにしていた。

「どうしよう…」

 頼りない言葉が口から零れ落ちた。中也のことは好きだ。だけどそこに恋愛感情は伴っていなかった。ましてや彼と手を繋いだり、キスをしたり、体を重ねたりするなんて、考えた事がなかった。それにわたしはまだ太宰の事が忘れられそうにない。あの日の、夕日をバックに笑う太宰の姿が目を瞑ると鮮明に蘇る。

"君のやりたいようにすればいい"

 太宰ならそう言うんだろうか。なんて、思い出に縋って助言まで頂こうとしているわたしは、よっぽど焦っているのだろう。

 中也の告白に答えることができなくて、頭が真っ白になって、やっと出た答えは考えさせてほしい。そんなありきたりな言葉。口にしようとしたら中也が席を立ち、店を後にしたので、その言葉は飲み込まれた。

 わたしは中也を傷付けたくない。先日、好きな人を失ったわたしのように、中也に同じような気持ちになってほしくないから。でもきっと、こんな考え方をしている方が彼を傷つけてしまう。分かってはいても、答えを出すことができなかった。

「いつからこんなにズルくなったんだろう…」

 まるで返事をするかのように、空になったグラスの中に取り残された氷が、音を立てて溶ける音がした。




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