すみれいろに焚べる


「おはよ」

 わたしの顔を見るなり中也の表情が固まる。そりゃあそうだ。目は腫れ、声はガラガラ。誰がどう見てもあ、こいつ泣いたんだな。って思うに決まってる。

「……おう、その、どうした」

「失恋した」

 中也の眉間に皺が刻み込まれ、眉毛が吊り上がる。あ、機嫌悪くなった。これこそ誰がどう見てもそう思う。鬼のような形相のまま暫く中也は黙っていたが、恐る恐るというように口を開いた。

「…………誰に」

「ナイショ」

 本当は分かってるくせに。少し意地悪だったかな?と思い中也の表情を窺うと、苛立っているような悲しんでいるような複雑な表情をしていた。 何となく居心地が悪くなって、そのままこの場から逃げようとしたが、中也の腕がわたしの腕を掴んだことによってそれは阻止された。

「今日、仕事は何時迄だ」

「…たぶん十九時には上がれる」

「時間、空けとけ」

 ぽんっとわたしの頭を叩いてからくしゃくしゃと撫でると中也は去っていった。


 
「ごめん!待たせた!」

「いい、今来たとこだ」

 運転席の窓を開けてタバコを吸っていた中也が、わたしを見るなりタバコを外へ投げ捨てる。今来たなんて嘘だ。近くの地面には短くなったタバコが五、六本落ちていた。十九時には上がれるはずだった仕事が長引き、今は二十時。きっと中也のことだから約束の時間の三十分くらい前から待っていてくれたんじゃないだろうか。

「ごめんね」

「だから待ってねぇって。乗れよ」

 中也が親指で助手席を指す。オロオロしながら助手席のドアを開けて乗り込むと、エンジンが唸った音を聞いて違和感を覚えた。

「そういえば車変えた?」

「今更気付いたのかよ…前に言っただろ。愛車が爆発したって」

「あ、そういえば言ってたね」

「今思うとあれ、太宰の仕業な気がしてならねぇ」

「………そっか」

 今は聞きたくなかった彼の名前を聞いて、露骨に顔を曇らせてしまう。いや、覚悟はしていた。最近のやり取り、そして泣き腫らした目で失恋したって言うわたし、この時間、そんなの話題の中心になる人物は一人しかいない。信号が赤に変わり、車が止まる。中也が新しいタバコに火を点けたところを横目で見ていると、同じようにこちらを見た中也とバッチリ視線が合ってしまい、思わず目を反らしてしまった。

「……太宰に、会ったのか」

 ドクンと胸が音を立てる。いざ聞かれるとどう反応すればいいのか分からない。もし会ったと言えばどこで会ったのかと問い詰められるのだろうか。中也は太宰のことが気に入らない。加えて今ポートマフィア内は彼の捜索を秘密裏に行っている班もあると聞く。そんな状況で中也に、はい太宰に会いました。と伝えてしまって、太宰に何かあったら、と彼なら大丈夫だと思いながらも不安になるわたしは、やっぱり彼のことが好きだったんだなと実感した。

 信号が青に変わり車が発進する。何も言えずに黙っていると、運転席の方からはぁ、とため息が聞こえて、思わず中也を見た。

「…これはポートマフィアの幹部中原中也として聞いてるんじゃない。お前と腐れ縁のただの中原中也個人として聞いてる」

 中也はわたしのことをよく理解してくれている。そんな言葉の選び方をされたら答えるしかないじゃない。本当に優しい人だ。その優しさに目頭が熱くなった。

「ありがと」

「んで、どうなんだよ」

「うん、会ったよ」

「そうか」

「気持ちをね、伝えたの」

「…………」

「伝えられて良かった」

 目頭がじんじんと熱くなり、言葉の続きを紡げなくなり下を向いた。下を向いていても分かるくらい中也の視線が突き刺さる。どうしよう、泣きそう。唇をキツく噛んで耐える。すると、頭を優しく撫でられて、その温かさに瞳から涙がボロリと零れ落ちた。

「…っ、中也が言った通りだった」

「…うん」

「わたしは、太宰が好きだった」

「………」

「すごく、大切だった…」

 そのまま頭を引き寄せられて、中也が片腕を伸ばしてわたしを抱きしめる。ふと昨日、太宰に抱きしめられたときの温もりを思い出して、咄嗟に体を離そうとしたが、まるで逃がさないと言うかのように再度キツく抱き締められる。香水とタバコと鉄っぽい匂い、この匂いが酷くわたしを安心させた。

「…やっと言えたんだな」

「…中也はずっと気付いてたんだね、わたしの気持ちに」

「ずっとお前の事見てるんだ。当たり前だろ」

「そっか、ありがとう」

 中也の肩に頭を乗せて、体重を預ける。まるでピンと張り詰めていた糸が切れたかのように目から涙がボロボロ溢れ続けている。でも、昨日太宰の前で流した涙とは違って、それはすごく温かくて心地よかった。わたしの頭を撫でる中也の手が気持ち良くて、目を閉じる。

「片手運転、いけないのに」

「誰のせいだと思ってんだ」

「わたしだね、ごめん」

「…たまには俺に甘えろよ」

 優しいね、そう言おうとしたが、だんだん意識が遠のいて言葉にならない。「いい、そのまま寝ちまえ」優しくて、わたしをどろどろに甘やかす声。お言葉に甘えてわたしは眠ることにした。もういなくなってしまった彼の後姿を追いかける夢は見ないような、いや、見れないような気がした。




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