05

 ガイア隊長と付き合ってるって本当?と、突然声を掛けられ、ああまた知り合いが茶化しにきたのかと振り向くと、そこに居たのは名前と顔だけ知っている程度の男性隊員だった。ただでさえ私一人しかいない図書館だと思っていたし、あまり面識のない人に急にそんな踏み込んだ事を聞かれるなんて思ってもいなかった私は、ただ目を見開いて「うん……」と言う他なかった。
 びっくりした。というか、なぜそんな事をこの場で聞くんだろう。私が答えたきり俯いて何も言わなくなってしまった彼から数歩下がって、目当ての本を手に取ろうと本棚へ手を伸ばすと、私の手の上に彼の手が重なった。

「……っ!」

 驚いて手に取ろうとした本と、その周りの本を数冊床に落としてしまい、床に落ちた本がバラバラと捲れる音が図書館内に響き渡る。
 急に、何だろうか。いや、本当は内心薄々気付いていた。熱を帯びた、彼の目に。触れられた方の手をぎゅっと握って彼が何か言い出すのを待つが、いつまで経っても彼は何も言わない。こんな風に思ってしまってはいけないが、嫌な予感がしていた。「じゃ、じゃあ…」とその場を去ろうとした直後、「待ってくれ!」と彼が声を荒げた。心臓がバクバクと音を立てて、額に汗が滲む。ああ、違いますように。私の勘違いでありますようにと人の思いを踏み躙る私の願いは、彼の口から告げられた言葉で粉々に砕けてしまった。

 ◇

「はぁ……」

 結局、あの後「ごめんなさい……」とだけ告げ、走って逃げ、そしてまた体調を崩している。吐く事はしなかったが、胃のあたりが何だか気持ち悪いし、勿論気分も優れない。丁度任務合間の空き時間で良かった。家に帰る気にもなれず、人気の少ない西風教会の近くのベンチにぼんやり腰掛けている。シスターの合唱、稽古をする騎士の声、鳥の囀り、湖の音。ここに居ると、ざわざわとしていた心が少しずつ落ち着いていくようだ。そっと目を瞑って、さっきの出来事を思い出す。
 私がこうじゃなかったとしても、彼の好意に応える事はできなかっただろう。あまり面識がなく、どういう人なのかも分からないから。それに、私は表向きはガイアと付き合っている事になっている。それなのに思いを告げ、手にまで触れられた。恋愛経験のない私からしても、彼の行為は少し異常だ。しかし、そうだとしても、彼から告げられる直前、私は、違いますようにと願ってしまった。彼がどういう人間なのかはさておき、やはりこういう風に思ってしまうのは良くないし、相手に失礼だろう。

「はぁー……」

 二度目の大きな溜め息が出た。ガイアに協力してもらっているというのに、私は全然ダメなようだ。進歩といえば相手の目の前で嘔吐しなかった点くらいだろうか。
 大きく息を吸って、吐く。天を仰ぐと、雲一つない青空と目が合った。こんなにも天気が良くて、人々も機嫌良く仕事や趣味に没頭しているというのに、私は何をやっているんだろうか。なんだか情け無くて、空はこんなにも青くて明るいのに、私の心の中は土砂降りの雨が降っているようだ。
 
 ガイアに会いたいな。

 ふとそんな事が頭に浮かぶ。なんで、ガイアなんだろう。ゆっくり目を瞑ると、瞼の裏に楽しそうに笑うガイアの姿が浮かぶ。ガイアは今何をしているのかな。こんな事があったんだと話したら呆れられるだろうか。いや、彼の事ならきっと、よく頑張ったなと頭を撫でてくれそうだ。ガイアに触れられるのは嫌じゃないのも不思議な事だ。なぜだろうか。彼が私に対してそういう感情を抱いていないから?そう思った途端、まるで心臓が針で突かれたかのようにチクリと痛んだ。まただ。またこの感情。心に重くのし掛かる、名前の分からない感情。

「……何だろう、これ」

「何だろうは俺の台詞だぜ?」

 ゆっくり瞳を開けたと同時に飛び込んできた青と、その声に驚いて、思わず大きな声で「ガイア!」と叫んでしまった。慌てて口元を押さえると、そんな私を見てガイアが悪戯っぽく笑っている。何でこんなところに!?と目を丸くしていると、ガイアは私とは裏腹に落ち着いた様子で隣へと腰掛け、足を組んだ。

「リサがお前が血相変えてどっかに走って行ったってわざわざ俺に言いに来たんだ」

「リサさんが!?そうなんだ……」

 あの場から逃げるのに必死で気付かなかったけど、確かに図書館から出る時に誰かとすれ違った気がする。あれはリサさんだったのか。しかもそれをガイアの元にまで伝えに言ってくれたなんて…後でお礼を言わなくちゃと肩を落としていると、いつの間にかガイアが私の顔を覗き込んでいた。

「なんかあっただろ?」

 ガイアの真剣な目を見て、誤魔化せるわけがない事を悟り、私はゆっくり首を縦に振った。

 ◇

「…この短期間でよりにもよってそんな事が何回も起こるなんてな」

「……だね」

 話し終えると、また記憶が蘇ってきた。あの時彼に触れられた手を色が変わるほどぎゅっと強く握っていると、それに気付いたのか、ガイアが私の手の上から自分の手を重ねた。

「よく頑張ったな」

 ガイアの手が伸びてきて、私の頭をそっと撫でる。
 あ、さっき考えてた事、本当になったみたい。ガイアの手のぬくもりと、想像通りのその優しさに、鼻の奥がツンとしたかと思えば、目から涙がボロボロとこぼれ落ちてきた。まさか私が泣くとは思わなかったようで、ガイアはぎょっとしてから私の頭を撫でていた手を離したが、暫くするとその手が私の後頭部に添えられて、そして引き寄せられる。ガイアの胸元の服が私の涙で濡れていく。止めなきゃ、止めなきゃと思うのに、ガイアの手があたたかくて、伝わってくる心地良い心音に、まるで凍りついていたものが溶かされていくみたいに、一向に止まる気配がない。

「……ごめ、ん」

「気が済むまで泣いちまえ」

 ガイアの腕が私を包み込む。なんでなんだろう。なんで私はガイアに触れられるのは嫌じゃないんだろう。それどころか、むしろ、嬉しいだなんて。




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