04

 今夜飲みに行くぞとガイアに誘われ、エンジェルズシェアで飲んでいたのだが、どういうわけかいつもよりガイアのペースが早くて、気が付けばガイアはカウンターに突っ伏して寝てしまい、そして閉店時間目前、半分寝ているガイアを抱え、私は店の外で途方に暮れていた。

「ガイア?ガイア起きて。歩ける?」

「……ん?……ああ」

 ダメ元で声を掛けてみたのだが、ガイアは返事をするとおぼつかない足取りで少しずつ歩き出した。しかし、目を離すとどこかにぶつかってしまいそうなその様子を見ていられなくて、結局私はガイアの腕を掴んで自分の肩へと回した。

「…珍しいな。お前が積極的だ」

「酔っ払いがよく言うよ…」

 ガイアの家、と言ってもそこは騎士団の宿舎で、無論私も棟は違うがそこに住んでいる。そんなに遠くない距離の宿舎を少しずつ目指して行く。良い感じに酔っているのか、しんと静まり返った街にガイアのご機嫌な鼻歌が響き渡る。何度か一緒に飲みに行っているが、こんなにも酔ったガイアを見るのは初めてかもしれない。擬似恋人同士とはいえ、多少なり気を許してくれているのだろうか。そんな事を考えていると、あっという間に宿舎へと到着した。

「じゃあね、ガイア。部屋まで一人で行ける?」

「……微妙」

 ガイアがそう言った直後、急に私の体にガイアの体重が掛かる。えっ、と思いガイアを見ると、さっきまでご機嫌な酔っ払いだった筈なのに、彼は店を出た時と同じように半分寝てしまいそうになっている。このタイミングで!?あと少しだったのに!と思ったところでどうしようもない。「ガイア!」と何度か呼びかけてみるが、「うーん…」と唸るだけだった。

「仕方ない……」

 男性宿舎に女である私が足を踏み入れるのは些か申し訳ないが、こんな状態のガイアをこの辺りに放っておくわけにもいかない。それに、一応恋人同士という体なわけだし…

 ガイアを支えたまま少しずつ階段を上り、ガイアの部屋を目指す。部屋の番号は何とか教えてくれたので本当に良かった。一番角の部屋、あれがガイアの部屋だろう。

「ガイア、着いたよ。起きて」

「んー…」

「え」

 ガイアは懐を漁ると、そこから鍵を取り出して私へと差し出した。もしかして、中まで連れて行けって事?そ、それは…と尻込むが、こんな誰が来るか分からない廊下で長々と私が居座るわけにもいかない。ガイアの手から鍵を受け取って、それを扉に差し込む。カチャリという音が廊下中に響き渡って、私は慌てて扉を開けてガイアをその中へと押し込んだ。

「じゃあね、おやす……ちょ!」

 扉を閉めてそそくさと退散しようと思ったのに、気が付けば私は腕を引かれてガイアの部屋の中に居た。扉がバタンと閉まったと同時に、何かに体を包み込まれる。驚いて声も出せずただ固まっていると、嗅ぎ覚えのある匂いと、お酒の匂いがふわりと香った。

「……ガイア?」

 私を抱き締めているのはガイアで、何でこんな事をされているのか分からず動揺したが、強烈なお酒の匂いを嗅いで、そうだ彼は酔っ払っているんだったと冷静になれた。

「ガイア?大丈夫?お水飲む?」

「……」

 ガイアは何も言わない。私の体を強い力で抱き締め、首元に顔を埋めているからどんな表情をしているかも分からない。どうしたものかと、そーっとガイアの背中に腕を回すと、ガイアの体がビクリと跳ねた。いけなかったのかな?と背中から手を離すと、ガイアがふるふると首を横に振った。私にも、自分を抱き締めろということなのだろうか。もう一度そっとガイアの背中に腕を回してみるが、ガイアは何も反応しなかった。

「……ガイア?眠いの?ベッド行く?」

 やはり何も返事は無く、仕方がないので私はガイアを抱き締めたまま少しずつ部屋の奥にあるであろうベッドを目指した。この部屋も間取りはきっと私の部屋と同じだろう。ガイアをベッドに寝かせたら水を飲ませて、そしてそっと帰ろう。まったく、酔っ払ったガイアがこんな風だなんて知らなかった。でも、甘えん坊の子供みたいでちょっと可愛いかも、とガイアの頭をそっと撫でると、ガイアが勢い良く顔を上げた。

「び、びっくりした!」

「……ん?」

 顔を上げたガイアの目はまだ少しとろんとしているが、少しだけ酔いが覚めたかのようにも見える。ガイアは私の顔を見ると、室内をぐるりと見回し、そして自分が私にしがみつくかの如く抱きついている状況を見て目を見開いた。

「…………悪い」

 ガイアは私から離れると、目前にあったベッドへと腰掛けて眉間を押さえた。状況を整理しているのだろうか。その隙にキッチンへと行って、その辺りにあったコップに水を入れてガイアへと差し出した。ガイアはそれを受け取ると一気に飲み干し、そして大きな溜め息を吐いた。

「あまり覚えていないんだが、俺は何をやらかしたんだ?」

「エンジェルズシェアで寝ちゃったかと思えば、ここまで私に送らせて、部屋に引きずり込んだかと思えば抱き締められた、ってところかな」

「……最悪だな」

 ガイアは下唇を噛むと、頭を抱えて項垂れた。ガイアの横に腰掛けて慰めるかのようにその背を摩ると、ガイアが消え入りそうなくらい小さな声で呟いた

「……嫌じゃなかったか?」

「…………うん。嫌じゃなかった」

 正直にそう告げたのに、ガイアは何も言わなかった。静寂が訪れて、何か話題、何か話題と脳をフル回転させるが、こういった時に限って何も思い付かない。勝手に気まずさを感じて焦っていると、突然ガイアが後ろにばたりと倒れ込んだ。具合が悪くなったのかと慌ててガイアの顔を覗き込むと、ガイアは片腕で目元を隠していて、なぜか口元には薄っすら笑みを浮かべていた。

「…………まだ酒抜けてないの?」

「……そうかもな」

 ふふ、ははは、と珍しく声を上げて笑うガイアにきょとんとしていると、ガイアが私の腕を勢い良く引いた。バランスを崩してガイアの横に倒れ込むと、至近距離でガイアと目が合う。ゆるんだ口元と、弧を描いた瞳。さっきまでは落ち込んでいたようだったのに、急に上機嫌になったのもまた酒のせいなのだろうか。つられてふっ、と笑うと、ガイアも私の顔を見て笑った。

「……ガイアって酔うとめんどくさいね」

「直球だな」

「今までガイアを介抱してきた人達の大変さが今日で分かったよ」

「…俺は人前でここまで酔ったのはお前が初めてだけどな」

「……え!?」

 驚いて思わず起き上がると、ガイアはまた楽しそうに笑った。「自分でも驚いてるところだ」と目を瞑りながら満足そうに言うと、ガイアは大きな欠伸をした。ハッとして時計を見ると、既に日付が変わっている事に気が付いた。

「もうこんな時間!?帰るね!」

「送ってく」

「いいよ!眠いんでしょ?私は大丈夫だから」

 起き上がろうとするガイアに手のひらを広げて制止したつもりが、いつの間にかガイアはその私の手を取ると、自分の部屋の鍵を空いている方の手でくるくると回した。

「こんな時間に彼女を一人で家まで帰す奴がいるか?」

 ガイアはそう言って笑うと、私の手を引いた。彼女、その響きに胸が高鳴る。いつもなら笑ってそうだねと返せるのに、なぜだか私は小さく頷くので精一杯だった。




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