02
「お前は何にする?」
「……ニンジンとお肉のハニーソテー…」
「了解」
ガイアが店員であるサラの元に注文を伝えに行くと、笑顔を浮かべていたサラがガイアと私を交互に見て目を見開いている。それもそうだろう。こんなモンド城のど真ん中にある鹿狩りで、所謂デートなんて、みんなに見て下さいと言っているようなものだ。周囲の視線が痛い程突き刺さって、居た堪れたくなり俯いていると、俯く私の頭をガイアがポンと叩いた。
「顎が首に食い込むんじゃないかってくらい俯いてどうした?」
「ど、どうしたじゃないよ!何でよりにもよってデートの場所がここなの!?」
サラに聞こえたら失礼だからと思い、隣に座るガイアにできるだけ小さな声でそう言うと、ガイアは焦る私とは対照的に涼しい顔で「何となく、思い付いたから?」とすっとぼけて見せた。
「オフの日に私とこんなところで食事をしてるとこ見られたら勘違いされちゃうよ?私は兎も角ガイアは困るでしょ?」
「いや?困らないぜ。勘違いされたところで今の俺たちは仮にも恋人同士だろ?気楽に行こうぜ?」
「……ま、まあそうだけど…」
それにしても好きでもない女と噂になるのは嫌なんじゃないだろうか?引き続き問おうとしたが、何を言ってものらりくらりと交わされてしまう気がしてやめておいた。
暫くして、注文したメニューがテーブルへと届けられる。私が注文したニンジンとお肉のハニーソテー、ガイアが注文したモンド風焼き魚。どちらもとても美味しそうだ。早速料理を頬張ると、相変わらずの美味しさに自然と顔が綻ぶ。鹿狩りにはよく来るけど、何度食べてもここの料理は美味しい。次から次へと料理を口に運ぶ私とは違い、ガイアはなぜか料理に手を付ける事なくジッと私を見つめている。
「どうしたの?食べないの?」
「いやぁ、美味そうに食うなと思ってな」
「…そりゃ、美味しいから仕方ないでしょ…」
「ははは!確かにな。ほら、俺のも食べて良いぞ」
ガイアはフォークで串に刺さった魚と野菜を外すと、フォークに魚を刺して、それを私の方へとずいと向けた。その意味が分からずぽかんとしていると、ガイアは空いている方の手で頬杖をついて、察しが悪いなぁとでもいうかのように苦笑いを浮かべた。
「あーん」
「…………あーん!?」
「そうだよ。恋人ならこれくらいするだろ?」
「そうなのかな…」
おずおずとガイアの持つフォークに刺さった魚をパクリと口にすると、サラと、いつの間に現れたのかマーガレットの「きゃー!」という黄色い声が背後から聞こえた。
「……は、恥ずかしい」
恋人ならこれくらい、と言われて勢いでしてしまったが、周りの目の事をすっかり忘れていた。またしても首に顎が刺さるんじゃないかというくらい俯くと、褐色の指が伸びてきて、私の顎に触れた。驚いて顔を上げると、ガイアの親指が私の口元あたりを拭って、そしてその指をペロリと舐めた。
「ソース、付いてたぜ」
「……あ、ごめんね……」
何をされたのかイマイチ分からずにいたが、またしても背後から「きゃー!」「大胆!」と黄色い声がしてやっと私はガイアが何をしたのかを理解した。
「ちょっと!ガイア!」
「なんだ?早く食べないと冷めちまうぜ?」
気付いたらガイアは自分の料理を平らげており、私は、私が食事しているところを満足そうに見るガイアの視線と、周りからの好奇の視線を一身に受けながら何とか料理を食べ終えた
◇
「疲れた……」
「まだ食事しただけだろ。もう疲れたのか?」
「違うよ…色々だよ」
「あーん、とかか?」
「……自覚あったんだ」
モンド城から離れたいという私の要望を聞いてもらい、私達は人気の少ない星拾いの崖にまで足を運んでいた。ここなら周りの視線を気にする必要もないし、落ち着ける。
「……俺はここまで歩いて来た事の方が疲れたけどな…」
「…騎兵隊の部下に聞かれたら呆れられる発言だよ」
「生憎ここには部下は居ないからな」
セシリアの花の咲く崖の先端にガイアは疲れた様子で腰を下ろした。そんなギリギリのところによく座れるな…と風の翼があるとはいえドキドキしながら見ていると、ガイアが私に向けて手を伸ばした。意味が分からなかったがとりあえずその手を取ると、ガイアがグッと私の手を引いた。
「ひああああ!」
「はは!なんだその情けない声は」
どうやら隣に座れと意味だったらしいが、崖下の景色が目に入った私は驚いてガイアの体にしがみついてしまった。落とされるわけもなければ、落ちるわけもないのに、心臓がバクバクと音を立てている。ああ、びっくりした…そのまま落ち着くまでガイアの体にしがみついていると、ガイアの手が私の背をポンポンと叩いた。
「お前が落ちそうになったら俺が助けてやるさ」
「お、お願いします……」
そっとガイアから離れ、隣に腰掛ける。心を落ち着かせるべく風に揺れるセシリアの花をジッと見ていると、私の手にあたたかい何かが重なった。一回り以上大きいその手はガイアの手で、私がそれを見ている事に気がつくと、ガイアの手が私の指に絡んでいく。
「…手繋ぐのは恋人なら鉄則だろ?」
「……そうかも」
自分の手をひっくり返して、同じようにガイアの手に自分の手を絡ませると、ガイアの手が少し強張ったような気がした。そっとガイアの表情を窺うと、ガイアは隻眼を少しだけ見開いていた気がしたが、私の視線に気がつくと、いつも通りの涼しい顔へと戻っていた。
「……お前のその他人の好意が恐ろしいってやつだが、何かキッカケとかあるのか?」
突然投げ込まれた話題にふわふわしていた気持ちが現実へと引き戻される。少し遠慮がちな視線を向けるガイアに私は恐る恐る口を開いた。
「それが……」
「……ああ」
「特になくて…」
「…………ないのかよ」
恥ずかしくなって思わず両手で顔を覆う。そうなのだ。特に昔何かがあったからとかそういうわけではない。男友達から思いを告げられた時にそういうのがダメな事に気付いたというくらいで、何かトラウマがあるわけでもなく、私はこうなのだ。
「だからこそ何でなのか分からなくて…」
「いや、何もないに越した事はないだろ。ゆっくり克服していけばいいさ」
ガイアの手が私の手から離れたかと思えば、その手は私の頭へと伸びてきて、包み込むように優しく撫でられる。ガイアの瞳が弧を描いている。慈しむようなその視線に心がじんわりあたたかくなっていく。ガイアに話して本当に良かった。この調子なら、私は何とかなりそうな気がする。