アルハイゼンの執務室を出ると、昼時という事もあり来た時よりも人々が多く行き交っている。あまり見慣れない教令院内をキョロキョロと見回しながら、アルハイゼンの後を着いて行くと、道行く人々が私達の事を遠慮がちに見ている事に気が付いた。そういえばセノと歩いていた時も同じような視線を向けられた。セノは後に大マハマトラである事が判明したが、アルハイゼンも書記官らしいし、教令院内ではそこそこ有名なのだろう。

「カフェで良いか?」

「うん、良いよ」

 私が頷くと、アルハイゼンも「分かった」というかのように一度瞬きをした。その後も、教令院を出るまでの間、すれ違う人々の視線を浴びながら私達はカフェへと移動した。

 ◇

「まさか君がセノに連れて来られるとは思わなかった」

「…アルハイゼンの家の前に居たら声を掛けられてさ…何もしてないのにどうなる事かとヒヤヒヤしたよ」

 席に着くや否やアルハイゼンが肩を竦める。私だってまさかこんな形でアルハイゼンの職場を訪問をする事になるなんて思ってもいなかった。カフェ内のゆったりとした雰囲気に安堵して深く長い溜め息を吐き出すと、そんな私を見てアルハイゼンが少しだけ口角を上げた。

「あ、笑ったでしょ」

「笑っていない」

「怖かったんだからね…だからアルハイゼンの顔を見た時は本当にホッとしたよ」

「俺の顔を見てホッとするのは君くらいだろう」

「なんで?」

 私が首を傾げると、アルハイゼンが一瞬目を見開いたような気がした。その反応にますます意味が分からなくて逆方向にもう一度首を捻ると、アルハイゼンは何かを言おうとして口を開きかけたが、丁度店員さんが注文を聞きに来たので、結局何を言おうとしていたのかは分からなかった。
 
 程なくして、注文していた料理がテーブルへと届けられた。私は獣肉のビリヤニを、アルハイゼンはシャフリサブスシチューを。

「あれ、汁物嫌いなんじゃなかった?」

 カーヴェが料理を作ってくれた時、汁物を出すといつもアルハイゼンは苦言を溢し、そしていつもの口喧嘩へと発展していた。スプーンでシチューを掬って、それを自分の口へと運ぼうとしていたアルハイゼンの動きが止まる。

「…本を読みながら食べるのに向いていないからだ」

「ああ、なるほどね」

 確かにアルハイゼンは食事中によく片手に本を持ちそれを読みながら食事をしていた。例えばシャワルマサンドとかなら本を読みながらでも問題なく食べられる。それとは違い汁物だと片手のみを使って食べるのが難しい。味が苦手だとかそういう理由ではないのが何ともアルハイゼンらしいなぁと思っていると、そういえば今日は珍しくアルハイゼンが本を読んでいない事に気が付いた。いつもならテーブルの横に置いてあるか、彼のもう片方の手にある筈の本が見当たらない。今日はシチューを食べたい気分だったから本を読むのはやめておいたのだろうか。まぁ、そういう日くらいアルハイゼンにもなくちゃね。と、獣肉のビリヤニを口へと運ぶ。これ、久しぶりに食べたけどとっても美味しい!顔を綻ばせながら一口、二口と夢中でビリヤニを食べていると、視界の端に映るアルハイゼンが手を止めている事に気が付いたので顔を上げると、アルハイゼンと目が合った。

「…君は美味いものを食べる時、笑顔を浮かべながら食べる癖がある」

「そうなの!?」

「ああ」

「……でも、美味しいもの食べる時って無意識に笑顔になっちゃわない?」

「俺はならないが」

「ええ…」

 即答されてしまった…美味しいものを食べたら自ずと笑顔になってしまうと思ったんだけど…。アルハイゼンに聞いたのが間違いだったような気がする。きっとカーヴェなら「僕もだ!」ととびきりの笑顔で賛同してくれるだろう。

「何もその癖を治せと言っているわけではない」

「そう?」

「ああ、俺は君のその癖が好きだ」

  カラン、という音が響き渡る。それは私の手から皿の上にスプーンが落ちた音だった。
 アルハイゼンが放った好き、という単語が頭の中で繰り返される。それは勝手に脳内で繰り返しているだけなのに、繰り返せば繰り返すほど私の体が徐々に熱くなっていく。慌ててスプーンを拾い上げビリヤニを口へ運ぶ。さっきまで自然と笑顔になってしまうくらい美味しかった筈のビリヤニは、なぜか全然味がしなかった。
 とっくにシチューを飲み終わったアルハイゼンは腕を組みながら私が食べているところをジッと見ている。何だかヤケにその時間が気まずく感じて、何か話題を…と必死に考えながら食べていると、そういえばこういう時間こそ本を読むのに適しているのに、やっぱり、今日のアルハイゼンは本を読む気配はない。

「…今日は本読まないんだね」

 本を執務室に忘れた、とか、そんな気分じゃない、とかそういう返事が返ってくると思ったのに、アルハイゼンは口を開く事なく、眉間に皺を寄せ、腕を組み何かを考え込んでしまった。え?さっきの質問で何をそんなに考える事があるんだろう。
 珍しく返答に詰まり考え込んでしまったアルハイゼンと、顔も体も未だに熱いままの私。今日の私達はなんだかいつもと少しだけ違うような気がした。




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