envy me


「ねぇ、髪結んだら?暑くない?」
 
「うるせェ!暑くねェ!」
 
 そう言いながらも鬱陶しそうに自分の髪を払うアッシュに髪紐を差し出すが、ふん!と効果音がつきそうなくらい、見事にそっぽを向かれてしまった。
 
「もう!見てて暑いの!座って!」
 
 アッシュの肩を無理やり押さえてその場に座らせる。「やめろ!離せ!」と騒いでいるがこうでもしないとアッシュは言うことを聞きやしない。すかさずアッシュの髪を束ねてそれを髪紐で結うと、アッシュの手が伸びてきて折角結んだ髪を解こうとする。
 
「ダメ!」
 
 アッシュの手を掴み怒鳴りつけていると、近くを通り掛かった特務師団の団員数人がくすりと笑い、「仲がよろしいのですね」と言った。ぺこりと頭を下げて去っていく団員をアッシュと私はポカンと見ていると、アッシュが私の手を振り解いて立ち上がる。
 
「お前のせいで馬鹿にされたじゃねェか!」
 
「ひどい!何その言い方!」
 
 またしてもふん!とそっぽを向くと、アッシュもその場を去っていった。あんなにも嫌がっていたのにもうどうでも良くなったのか、髪紐を解く事なく去っていった後ろ姿に笑みが溢れた。
 
 ◇
 
 慣れたものだけど、機嫌が悪い者の相手をするのは些か体力がいるものだ。アッシュは常にぷんぷんと怒っているが、心の底から怒っているわけではない事が分かる。しかし、目の前で仮面に素顔が隠されているというのに怒りを抑えきれていないシンクを見ていると、アッシュの不機嫌なんて可愛いものだと実感する。
 シンクは食堂でご飯を食べない。自室でいつも一人で食べているから、私もシンクの部屋で共に食べている。いつもなら私が来る頃には仮面を外してご飯を食べているというのに、今日は仮面をつけたまま黙々と食べている。部屋に入った瞬間から分かる怒りに満ちた雰囲気に、何かしたかなと考えを巡らそうとしたが、その隙も与えないとでもいうかのようにシンクが扉を指差した。
 
「一人にして。出て行って」
 
「……私、何かしたっけ?」
 
 シンクは結構神経質で、それに反してぼんやりしている私はよく無意識のうちに彼を怒らせてしまう事が多々ある。しかし、今日シンクと顔を合わせるのは今が初めてで、昨日夕飯を共に食べた時、シンクの機嫌は悪く無かった筈。皆目見当がつかない。首を捻りながらいつものように机の上に持ってきた夕飯を置き、シンクの向かいに腰掛けると、シンクが「…おい」と呆れたように言った。
 
「出て行けって言っただろ」
 
「シンクが何で怒ってるのか教えて」
 
「嫌」
 
 自分で考えろという事だろうか。腕を組みうーん、と朝からの自分の行動を振り返る。
 今日はアッシュ率いる特務師団との合同任務で、任務が終わり帰ってきたダアトはいつもに増してすごく蒸していて、そんな中長い髪を結おうともしないアッシュの髪を結ってあげた。その後は…とそこまで考えたところでもしかして、とあるひとつの可能性を閃いた。
 
「…シンク、今日は何処に居た?」
 
「ずっとダアトに居たけど」
 
 気付けばシンクは食べるのをやめて、腕を組みジッと私の方を見ていた。まるで尋問されているかのような気分だ。ずっとダアトに居たのなら、私とアッシュが帰ってきた場面を目撃していたかもしれない。いや、でも…
 さっき閃いたとあるひとつの可能性はどう考えても私の都合の良い勘違いな気がする。でももし合っていなかったとして、そしてそうじゃなかったとしても、シンクは怒ったままだろうからと恐る恐る口を開いた。
 
「私がアッシュの髪を結ってたところ、見てた?」
 
「……見てた」
 
 えええ、もしかして私の考えは合っているのだろうか。少し浮き足立つ気持ちを抑えつつ、慎重に言葉を選ぶ。
 
「ヤキモチ妬いた?」
 
「……そこに座れ。今から詠唱するから」
 
「嘘嘘嘘!」
 
 静かに立ち上がったシンクを宥める。言葉を選ぼうと思ったのに、つい本音を言ってしまった。だって、アッシュの髪を結っていた私を見て怒っているという事は、つまりそういう事なんじゃないの?シンクは結構嫉妬深い。こういう事で彼を怒らせてしまう事は多々あった。何事にも頓着しない彼がこんな私に嫉妬心を抱いてくれるのは正直とても嬉しかったりする。けれど、シンクを怒らせてしまったり、傷付けるのは以ての外だ。それに私だってシンクが他の女の子とペラペラと楽しそうにお話していたら(そんな事は絶対と言って良い程ないけど)ヤキモチを妬いてしまう。だから気を付けてはいるのだけれど、まさかその対象にアッシュまでも含まれるとは思わなかった。アッシュと私は幼い頃からこのダアトいる所謂幼馴染兼腐れ縁のような仲だ。そういう事に発展するのはまず無いだろう。それでも、シンクからしたら面白くなかったらしい。今にも詠唱を始めて譜術で吹き飛ばされそうだが、ジリジリとシンクの側へと歩み寄ると、シンクは不服そうだが、私を避ける事はしなかった。
 
「…ごめんね、軽率だったね」
 
「……アンタは隙がありすぎるよ。アッシュだって男だ。何かあったらどうするのさ」
 
「アッシュはそんな事しないよ。シンクも分かってるでしょ?」
 
「………」
 
 黙り込むシンクにそっと手を伸ばして仮面を取ると、シンクは膨れっ面で俯いていた。その顔を覗き込もうとすると、シンクの手が私の顔を勢い良く掴んだ。
 
「やめて」
 
「……恋人の顔をこんな掴み方する?」
 
「へぇ、自覚あったんだ」
 
 それは恋人という単語に対しての意味だろう。うんうんと首を縦に振ると、シンクの手が私の顔から離れる。シンクは小さく息を吐くと、ちょいちょいと私に近付くように指を曲げた。ん?と身を屈めると、シンクの息が私の耳へと掛かる。
 
「今度僕の機嫌を損ねたらお仕置きだよ」
 
 いつもよりうんと低い声に心臓が高鳴る。そっとシンクの顔を見ると、シンクは未だ膨れっ面で、そんな彼に愛しさが募っていくようだった。
 
「うん!」
 
「喜ぶな」
 
 シンクは大きな溜め息を吐くと、呆れたみたいにふっと笑った。

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