その指先の温度


 「すいません……好きです」
 
 赤い顔をしたレムナンにそう告げられた時、まるでコールドスリープしたのではと思うくらい一歩も動く事ができず、声を発する事もできなかった。
 そんな私の様子を見て、何故かレムナンの顔が赤色から青色へと変わっていく。
 だって、だってだ。ひょんな事から『好きだから』と彼に告げたは良いが、帰ってきた返事はイエスでもノーでもなければ私を拒絶する言葉で、きっとそれは私に悪意や敵意があるから放たれた言葉ではないと分かってはいても、私が傷付くのには充分で、偶然乗った船で偶然出会った彼に抱いた一時の感情なんだから、と自分の心に蓋をした。なのに諦めきれず彼の元に訪れて様子を確かめてしまう時点で、私の心の蓋は緩みっぱなしじゃないかと未練タラタラの自分自身に呆れていた。
 
 グノーシアをコールドスリープする事に成功し、私とレムナン含む何人かの乗員が胸を撫で下ろして自室へと帰っていく直前、レムナンと話していたら告げられたまさかの好きという言葉に閉じた蓋なんて緩むどころか弾け飛んでしまった。
 
「あの…ナマエさん、やっぱり…不快、でしたよね…僕、なんかに…好意を、抱かれる、なんて…」
 
 青い顔したレムナンが後退りをしているのを見てハッとした。ち、違う!と彼の腕を掴んで弁明しようと手を伸ばすと、レムナンの体がビクリと跳ねた。
 
 そうだ、彼は言っていた。酷い目にあい、女性が怖いのだと。
 
 伸ばした手を慌てて引っ込めると、レムナンは私に触れられそうになった恐怖心からか、それとも私を拒絶してしまった罪悪感からか、より一層顔を青くして立ち尽くしている。
 以前の彼ならきっとこの場から走り去っていった事だろう。でも、レムナンは怯えながらも私の顔をジッと見て、私の言葉を待っているようだった。
 レムナンの女性恐怖症は並大抵のものではないような気がする。彼の気の弱さ、大人しさは生来のものかもしれないが、もしかしたら過去にあった出来事が起因なのかもしれない。そんなレムナンが、私の好意に応えてくれて、女性が怖いにも関わらず好きであるとこうして伝えてくれた。それは彼にとってとんでもなく勇気がいる事で、恐ろしい事なのではないだろうか。
 話し合いの場において、おかしいと思った事はきちんと伝える事ができ、何度も乗員である私を庇ってくれたレムナン。オトメのヘルメットから水が漏れているのを修理してあげたり、Leviに感謝を述べたり、レムナンはすごく優しい人なのだ。
 だから私は彼の事が好きで、彼に思いを伝えた。そして彼も…
 もう一度ゆっくり手を伸ばすと、レムナンは私の伸びてきた手を見て少し驚いた様子だったが、まるで私を受け入れてくれるかのようにその目は真っ直ぐ私を見ている。
 
「レムナン…」
 
 私の手がレムナンの服の裾を掴む。レムナンは驚いたかのように目を丸くして私を見た。彼を安心させたくて笑顔を浮かべたつもりだけど、きっとぎこちなくて、不細工な顔になっているだろう。だけど、形振りなんて、構っていられない。
 
「レムナンが好き」
 
 動力室に、振り絞った私の声が響く。いや、それよりも私の心臓の音がレムナンに聞こえてしまわないかが心配だ。最初に好きだと告げた時は突然の機会にサラッと告げる事ができたというのに、意を決して言うとこんなにも恥ずかしいのか…熱くなる顔に思わず俯くと、白い指がこちらに伸びてきたのが視界の端に映って、思わず顔を上げた。
 
「…すごく…嬉しい、です…」
 
 伸びてきたのはレムナンの指で、それは私の服の裾を掴んでいる。恐る恐るレムナンの顔を見ると、レムナンの顔は林檎のように真っ赤に染まっていた。
 私の服の裾を掴んでいるレムナンの指が小刻みに震えている。それを見て、鼻の奥がツンとした。

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