05


 ヒルチャールがモンド城周辺に巣を作っているという情報が入り、猫ばかり探していた私にもやっと討伐命令がきた。愛用している片手剣を念入りに手入れして、モンド城門前の集合場所へと向かう。ヒルチャール程度騎士団になる前から倒した事はあるけれど、油断は禁物だ。奴らは稀にアビスの術師と手を組んでいる時がある。アビスの術師は手強く、元素を操る。神の目を持たない私が遭遇したら少々まずい事になるだろう。
 夜にならないと巣に戻らないヒルチャールに合わせて夜襲を掛けるという作戦は、さすがに一人だと危険が伴う。同行するメンバーは知らされていないが、怖い先輩とかだったらどうしよう…と、思っていたが私の心配は杞憂となった。なぜかというと城門前には見知った顔が二人肩を並べていたからだ。
 
「おいおい、もしかして俺達ってまだ短い付き合いなのに腐れ縁の素質があるのかもなぁ」
 
「君だったか、よろしく頼むよ」
 
 そこにいたのはディルックとガイアで、同行者が顔見知りの二人でホッとした。
 
「二人で良かったよ。よろしくね」
 
  私の言葉に二人は頷くと、早速といった様子で目的地に向かって歩き出した。
 てっきり先輩が一人と同期が一人などという布陣で臨むのかと思ったが、まさか同期三人で敵地に乗り込む事になるなんて。大丈夫かな?と少し不安が過るが、ディルックは神の目を所有しているし、私なんかよりもうんと騎士団に貢献していると聞くし、ガイアも作戦立案を任せられては色んな人たちを唸らせていると聞く。それに比べて私はどうだ。騎士団員らしい仕事をあまり任せられてはいないのは私が頼りないからだろうか。これでも迷子猫をもうかれこれ十匹は捕まえてはいるんだけど…なんて事を考えていると、どこからか焦げ臭い匂いが漂ってきた。ヒルチャールは火を焚く習性がある。これは彼等の巣が近いという事だろうか。
 
「…近いな」
 
「ああ」
 
 ディルックが両手剣を取り出すと、同時にガイアも片手剣を取り出す。慌てて私も片手剣を取り出すと、けたたましい叫び声が聞こえてきた。この声はヒルチャールだ。気付かれたのだろうか。すると、私の数歩前に居たディルックが勢いよく振り返った。
 
「危ない!」
 
 ディルックの大きな声と同時に背後に気配を感じて咄嗟にしゃがむと、大きな斧が物凄い勢いで頭上を掠めた。前方へ飛び退いて剣を構え直すと、そこに居たのは大型のヒルチャール、通称ヒルチャールの暴徒だった。奴の持つ斧は熱を帯び赤く光っている。あんなのをまともに受けたらただでは済まないところだった。間一髪で避けたとはいえ髪の毛を掠ったのか、少しだけ焦げ臭い匂いがした。
 
「やるじゃないか。よく避けたな」
 
「一応騎士団試験通ってるからね」
 
 こんな時でも軽口を叩くガイアを横目で軽く睨みつけると、「そうだったそうだった」と言って肩を竦めた。そう、私だって騎士団の一員なんだから。大型のヒルチャールの一体や二体くらい…と攻撃を仕掛けようと剣を握り直した直後、ヒルチャールに向かって炎を纏った大剣が叩き込まれる。突然の出来事に瞬きを繰り返していると、その間に気が付けばヒルチャールは消滅していた。
 
「怪我はないかい?」
 
 瞬く間にヒルチャールを倒した張本人であるディルックは、剣を仕舞うと私の前に片膝を立てて跪いた。その行動に驚き数歩後退するが、あまりにもディルックが心配そうに私を見るものだから、居た堪れなくなり、思わず私もディルックに視線を合わせるかのようにしゃがみ込んだ。
 
「だ、大丈夫だから…」
 
 跪くディルックと、その目の前にしゃがみ込む私。そんな光景がツボに入ったのか後ろでガイアが大きな声で笑い出した。しかし、ディルックはガイアが笑っている理由が分からないようで、眉を顰めては首を傾げている。
 こういうディルックの行動は彼の育ちが良いからなのだろうか。けれど、こんな事を女の前でしようものなら勘違いする人達が続出してしまう。実際、騎士団の女性達の間でもディルックの容姿やそのスマートさは話題になっているし…
 ディルックの袖を引っ張り立ち上がらせると、私が本当に怪我をしていないという事をようやく理解してくれたようで、ディルックの表情が少し和らいだ。…と思ったのに、ディルックは私の首元あたりをまじまじと見るや否や眉毛を吊り上げた。
 
「怪我、しているじゃないか」
 
 ディルックの視線を辿り自分の首元に触れると、そこにはスッと一本の線のような傷が出来ていた。ああ、これの事か…
 
「これは昨日の猫探しで…」
 
 頬の引っ掻き傷が治った直後に承った猫探しの依頼で、またしても猫が暴れ、その時につけられた引っ掻き傷だ。ヒルチャールと戦った名誉の負傷などではなく、ただの猫につけられた傷をこの前と同様に見つけられてしまうとは何だか恥ずかしい。恐る恐るディルックの顔を見ると、ぽかんとしていたディルックの顔が徐々に変わっていく。
 
「ふ、ははは!また君は猫に引っ掻かれたのかい?」

 大きな声を出して顔をくしゃくしゃにして笑うディルックは、さっきまで紳士的な行動を取っていた人物とは思えないくらい年相応の少年の顔で、まるで別人のようなその差に目を丸くしていると、笑いすぎたのか目尻の涙を拭きながらディルックは私の首元にそっと触れた。
 
「モンドには悪戯な猫ばかりいるようだ。僕の方からもこれ以上君を傷付けないように頼んでおこう」
 
 ディルックの指先は戦いの後だからなのか、笑いすぎたからなのか少し熱かった。それとも、熱いのはディルックの指先ではなく私の体の方なのかもしれない。
 そんな私達を見ていたガイアは肩を竦めると、剣を取り出しその先を何処かへと向けた。
 
「イチャついてるところ悪いがお二人さん、まだヒルチャールの巣の殲滅が終わってないぜ?」
 
 「イチャついてない!」というディルックと私の大きな声がモンドの夜空に響き渡った。
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