03

「お、弟!?」
 
 バー全体に響く大きな声を上げる私を、ディルックとガイアが目を丸くして見る。何をそんなに驚いているんだ?とでも言いたそうな視線だがそりゃそうだろうと言いたくなる。二人は兄弟?それにしたって全然似ていないじゃないか。そんな私の言いたい事に気が付いたのか、ガイアははぁーとわざとらしく長い溜め息を吐いた。
 
「オニイサマは相変わらず言葉足らずだな…俺とディルックは本当の兄弟じゃない。義理の兄弟だ」
 
「…義理?」
 
 義理という言葉に複雑な事情を察知して身構えるが、私の心配は杞憂なようで、頬を少し膨らませているディルックを横目にガイアはぺらぺらと話し出す。
 
「俺が昔ディルックの家に引き取られてな。だから本当の兄弟じゃない」
 
 「な!」と言うとガイアがディルックの肩を軽く叩いた。ディルックは小さく頷くと、バーテンダーが持ってきた葡萄ジュースに口をつけた。
 詳しい事情は分からないが、彼等が?義理?の兄弟だとは思えないくらい信頼し合っていて、仲が良いのが伝わってくる。そうじゃなければこんな風にガイアが気軽にディルックの肩を叩いたりなど出来はしないだろう。兄弟の居ない私からすると二人の関係はとても羨ましく、尊いものに感じられる。そんな事をしんみり考えていると、店の扉が開き、大勢の団体客が雪崩れ込んできた。突然騒がしくなった店内に、バーテンダーが慌てて接客をしに行く。忙しそうだなぁと店内を眺めていると、突然ガイアが立ち上がり、腕捲りをした。
 
「ちょっと手伝ってくるか」
 
「ガイア、僕も…」
 
「良いって。式典で疲れてるだろ?お前はゆっくりしてろ」
 
 ディルックをそう気遣うと、ガイアは私に「誘っておいて悪いな。もうちょっと待っててくれ」と言ってカウンターの下からエプロンを取り出し、団体客のいるテーブルへと駆けて行った。
 ガイアもラグヴィンド家の者なら、自分の家が経営するエンジェルズシェアの手伝いをしたりなどは日常茶飯事なのだろうか。慣れた様子で注文を聞き取るガイアを眺めながらそんな事を考えていると、店内の喧騒に取り残された空気が自分達の周りに漂っている事にやっと気付いた。
 そ、そうだった!ガイアが居なくなったという事はディルックと二人きりという事。チラリと横目でディルックを見ると、ディルックは忙しそうにしているガイアとバーテンダーを見てなんだか落ち着かない様子だ。自分は手伝いに行かなくて良いのだろうかとそわそわしているのかな。すると、店内を見ていたディルックの視線が突然こちらへと向き、盗み見るようにディルックを見ていた私とばっちり目が合った。思わず目を見開くと、ディルックも驚いたかのように目を大きく開いてから、何故だから体を此方に向けるかのように椅子へと座り直した。な、なぜ!?さっきよりもうんと近くなる距離に思わず固唾を呑むが、ディルックは私の顔を覗き込むように見てから、ふわりと笑った。
 
「そういえば君の名を聞いていなかったね」
 
 私を安心させるかのように柔らかく笑ったその顔は本当に綺麗で、目尻の下がり方、唇の弧の描き方はまるで完璧な美術品のようだ。絵本に登場する白馬に乗った王子様というのはきっと、彼のような顔をしているに違いないんじゃないだろうか。そんなディルックの顔に釘付けになりながら自分の名をまるでうわ言のように呟くと、ディルックは「ティア…ティア…」と何度か私の名を口にする。
 
「うん、覚えた。ティア、よろしく」
 
 ディルックは私に右手を差し出す。おずおずとその手を取ると、王子様のような顔立ちの彼からは想像できないくらいごつごつとした手をしていた。騎士団試験最優秀者に選ばれるくらいの彼の事だ、きっと、鍛錬を何度も重ねた努力ある手なのだろう。繋いだままの右手同士をじっと見ていると、頭上から「どうかしたのか?」という声が振ってきてハッとした。
 
「えっと、あの、大きな手だと思って」
 
 何を言っているんだ私は!ディルックは私の言葉に目を瞬かせると、「そうかな…」と言って掌を私の方へと向けた。意味が分からずディルックの手相を見つめていると、ディルックは少し笑って、私の手を取った。 えっ、と声に出す間もなく、ディルックは自分の掌に私の掌を重ね合わせた。指の関節ひとつ分程大きなディルックの手に、咄嗟に言った事だったけれど、本当に大きな手をしているなと感心した。まじまじと重ね合わせたお互いの手を見ていたディルックだったけれど、何故だかその表情がみるみるうちに赤くなっていく。重ね合わせた掌の横からひょいと顔を出し、ディルックを見るが、ディルックはどこかを見ながら顔を赤くして、焦っているような様子だ。急にどうしたのだろうと思っていると、向こうから伸びをしながらガイアが歩いてくるのが見えた。
 
「おつかれ」
 
 そう私がガイアに声を掛けると、ディルックは慌てて手を引っ込めた。「おう!」と元気良さそうに答えるが、ガイアは何故だかにやにやと口元を緩めている。何か声を掛けるのかと思ったのに、ディルックはガイアの方を見る事もせず、何事も無かったかのように葡萄ジュースを口に含んでいた。
 
「…俺が居ない間に随分仲良くなったみたいだな」
 
 ガイアはディルックの肩に腕を回すと、ディルックと私を交互に見ては、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように嬉しそうな表情を浮かべている。仲良くなったというかただ挨拶しただけなんだけれど…
 俯きながらジュースを飲むディルックがガイアの腕を鬱陶しそうに払うが、ガイアは懲りずにディルックの体を肘で突いている。なんだか、男の子のノリって感じだなぁ。二人を見て微笑ましい気持ちになっていると、ふと、窓の外が暗くなっている事に気が付いた。
 
「…あ、そろそろ帰ろうかな」
 
 そっと椅子から立ち上がると、ディルックとガイアが同時に口を開いた。
 
「「送っていく」」
 
 思わず三人、目を合わせると同時に噴き出した。
 
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