02


 凛とした声が響く。その声がした瞬間、私とガイアは反射的に背筋を伸ばしていた。気が付けば西風騎士団の大団長、副団長、隊長達が姿を現しており、私達は慌てて列の最後尾へと加わった。
 
 肩書きの順に挨拶が終わると、今回の西風騎士団入団試験で最も良い成績を収めた新入団員による挨拶が始まるらしい。可もなく不可もなくといった具合で合格した私はそんな挨拶を新入団員の誰かがするだなんて今初めて知った。進行役がその者の名を呼ぶと、列の真ん中辺りから威勢の良い返事がした。
 
―――ディルック・ラグヴィンド
 
 ラグヴィンド、聞いた事がある。確かアカツキワイナリーという酒造業を行っている名家の名前だったような気がする。
 名を呼ばれ何人もの団員の注目を集めているというのに、ディルックと呼ばれた彼は堂々としており、目を奪われる。
 燃えるような赤い髪と瞳。良く整った顔はあどけなさが残るが、体はがっしりとしており、鍛え抜かれているという事が服越しでも分かる。溌剌と話すその声はきっとうたた寝をしていたものでもハッとして注目してしまうくらい聞き心地が良い。
 そんな彼に夢中になっていると、何故だか隣に立っていたガイアが私を見て楽しそうに笑った。
 
「…何?」
 
「いーや、何でもない」
 
 ◇
 
 程なくして式は終わり、業務は明日から行われるらしい。
 やっと終わった…と胸を撫で下ろす。明日から早速仕事というわけだけれど、上手くやっていけるのだろうか。皆の前でも臆する事なく話していたディルックという騎士団試験最優秀者のような人を見てしまうと自分なんて…と不安になってしまう。小さく溜め息を吐くと、ぽんと肩を叩かれてハッとした。
 
「この後食事でもどうだ?」
 
 そんな私とは対象的に、相変わらず緊張感のない笑顔を浮かべるガイアが私の肩に腕を回す。この後は騎士団の寮へと帰って、ご飯はどうしようかと思っていたところだ。チラリとガイアを見ると、にこりと笑みを返された。
 
「……行こうかな」
 
「決まりだな」
 
 ◇
 
 ガイアに着いて行った先は、エンジェルズシェアという所謂酒場だった。未成年は入る事はできるのだろうか。看板をじっと見て不安そうな私の背をガイアは叩くと、「酒を飲まなきゃ大丈夫さ」と言って店の扉を開けた。
 
「ちょ、ちょっと!」
 
 慌ててガイアの後を追うと、扉を開けたすぐのところにカウンターがあり、バーテンダーらしき男性がガイアを見て「おお」と声を上げた。
 
「入団おめでとうございます。酒を開けて差し上げたいところだが、あと数年はやめておこう」
 
「そいつは残念。だが数年後に楽しみができたな」
 
 ガイアがそう言うと、バーテンダーは声を上げて笑った。そして、ガイアの後ろに隠れる私を見て目を丸くした。
 
「…驚いたな。初日から彼女が?」
 
「……か、彼女?」
 
 バーテンダーの視線の先には私がいる。もしかして、彼は私がガイアの彼女だと勘違いしているのだろうか。慌てて首をぶんぶんと横に振ると、それを見ていたガイアがカウンター席に腰掛けながら「そんなに否定しなくても良いじゃないか」と笑った。
 どうやらガイアはこの店の常連、もしくはバーテンダーと知り合いのようだ。知り合いといってもとても親しげな空気が二人の間には流れている。恐る恐るガイアの隣に腰掛けると、ガイアがアップルサイダーを二つ注文した。
 
「坊ちゃんは一緒では?」
 
 バーテンダーはアップルサイダーと思わしき飲み物をグラスに注ぎながらチラリとガイアを見た。
 坊ちゃん?一体誰の事だろうか。私もガイアをじっと見ると、ガイアは頬杖をつきながら溜め息を吐いた。
 
「子供じゃないんだぜ?四六時中一緒なわけないだろう」
 
 それもそうか、と言ってバーテンダーは笑うと、向こうのテーブルの客の注文を聞きに行ってしまった。目の前に置かれたアップルサイダーを手に取ると、隣にいるガイアがグラスを私の方へ傾ける。意図が分からず首を捻ると、ガイアは自分のグラスを私のグラスへと軽くぶつけた。
 
「お互い入団おめでとう。乾杯…ってとこか?」
 
「ふふ、乾杯」
 
 改めてもう一度乾杯と声を揃える。グラスがチンと鳴り、アップルサイダーを口にしたと同時に、店の扉が勢い良く開いた。何事かと振り向くと、そこには燃えるような赤い髪のあの男が立っていた。
 
「…ディルック、ラグヴィンド?」
 
 思わず名を口にしてしまった。私に名前を呼ばれた彼は赤い瞳をこちらへと向けた。遠くからでも分かるくらい綺麗な顔をしていた彼は、近くで見ると目が離せなくなるくらい綺麗な顔をしていて、嫌でも顔に熱が集中してしまう。大きな瞳が私を見て数度瞬きをすると、その瞳は私の隣に座っている人物をとらえた。
 
「………ガイア」
 
 ぐっと眉間に皺を寄せると、ディルックはガイアの前へとツカツカと歩いてくる。ガイアは薄く笑みを浮かべてはいるが、しまった、と顔に書いているかのような気まずそうな顔をしている。
 
「ディルック、何でここに?」
 
「…僕の実家が営む酒場に僕が来て何の問題がある?」
 
 実家?確かディルックはアカツキワイナリーの御曹司じゃ…すると、以前誰かが話していた事を思い出した。アカツキワイナリーが経営する酒場、エンジェルズシェアの酒が美味しいとか云々という話を。という事は今言ったようにここはディルックの実家が経営する酒場という事なのか。点と点が繋がってなんだかすっきりした気分。そんな私とは裏腹にディルックに冷ややかな視線を送られているガイアは相変わらず気まずそうだ。というかガイアとディルックは知り合いだったのか。そんな二人を交互に見ていると、観念したかのようにディルックが息を吐いた。
 
「…君が女性を連れて酒場へと出向いたと聞いた時はひやりとした。明日から騎士団の任務が始まるというのに、君は少し緊張感に欠けているんじゃないか?」
 
「まあまあ落ち着けって。入団初日から気の合いそうな奴と巡り会えたんだ。そりゃあ食事にでも誘ってみたくなるもんだろ?」
 
 へらへらと笑うガイアを見てディルックはもう一度溜め息を吐くと、私の方へと体を向けた。思わず背筋を伸ばして膝の上に手を置くと、ガイアがははは!と声を上げて笑った。
 
「突然すまなかった。ガイアが君に失礼な事をしたりなどしていないだろうか?」
 
「…いや、全然!大丈夫!ただ本当に食事をしようと思っていただけだから」
 
 体の前で両手をぶんぶんと振ると、伏し目がちだったディルックの瞳が少しだけ弧を描く。
 あ、笑った。
 その顔を見た途端に、一気に顔が熱くなる。赤い顔を見られたくなくて誤魔化すかのように咳払いをして俯くが、隣に座る男からの視線が痛いったらない。横目でじろりとガイアを睨み付けると、彼は私の耳元へと顔を寄せた。
 
「入団式の時からディルックに釘付けだったもんな?」
 
「…は、は!?」
 
 アップルサイダーをひっくり返さんばかりの勢いで顔を上げると、ガイアがお腹を抱えて笑い出す。「図星か」と言って笑う彼にやられた!と思うがもう遅い。
 そんな私達をきょとんとした顔で見ていたディルックだったが、暫くするとほっとしたような笑みを浮かべて、私の隣へと腰掛けた。近い距離に心臓が大きく跳ねるが、そんな事などお構いなしにディルックは私の事をじっと見た。
 
「君達は良い友人関係になれそうだね。僕の弟をよろしく頼むよ」
 
「………弟?」
 
 あ、言ってなかったな。という間の抜けたガイアの声がした。
 
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