27


 今でも両親が死んだ時の夢を見る。昔の私なら目が覚めてから呼吸が整うまで涙を流し続けた。数日はその時のことを思い出しては胸が千切れるほど痛くて、私はひとりぼっちなのだと沈み続ける他なかった。けれど、今は違う。辛いのには変わりはないが、ひとりぼっちだと思う事はなくなった。ディルックが、みんなが居てくれるから。こんな私の事を理解してくれて、笑顔を向けてくれる。それがどんなに幸せな事か。
 
 ◇
 
 仕事が終わり、エンジェルズシェアへと足を運ぶと、 扉に紙が貼ってあり、そこには「貸切」の文字。仕事が終わったらエンジェルズシェアでディルックと合流する事になっていたのにおかしいな…と、扉の前で首を捻っていると、トン、と誰かが私の肩を叩いた。
 
「よっ!こんなとこで突っ立ってどうしたんだ?」
 
「ガイア!」
 
「ん?…ああ、これは俺達の事だから気にしなくていいぞ」
 
 俺達?どういう意味?と私が言う前にガイアは遠慮なく扉を開けた。貸切って書いてあるのに!と慌ててガイアの服を引っ張るが、店内に見えた姿に私はなんだそういう事かと胸を撫で下ろした。
 
「二人とも、お疲れ様」
 
「な?言っただろ?」
 
 バーカウンターに腰掛けていたのはディルックで、店内にはディルック以外の客は見当たらない。エンジェルズシェアを貸し切ったのはディルックだったのかと納得していると、ガイアがディルックの二つ隣に腰掛けて、ディルックの隣の空いている椅子を指差した。
 
「ほらよ、空けておいてやったぜ」
 
「……どうも」
 
 ガイアの気遣いに照れながらも二人の間に腰掛けると、既に用意していたのかディルックがアップルサイダーの入ったグラスを人数分取り出し、私達へと渡した。それを受け取ると、ガイアが嬉しそうに笑ってグラスを掲げた。
 
「ディルックの帰還を祝ってー…」
 
 乾杯!と言う私達三人の声が重なる。ディルックとガイアはアップルサイダーを一気に飲み干し、そして空になったグラスをテーブルの上へと置いた。
 
「二人ともお酒が飲める年になったらすごく強そうだよね」
 
  数年後に仕事終わりにエンジェルズシェアで今みたいに飲み比べをしている二人の未来が目に浮かぶ。そんなの絶対楽しいに決まっていると、ふふ、と笑っていると、二人は深刻そうに腕を組んで考え込んでしまった。
 
「まあ、俺は強いだろうな」
 
「僕も強いだろうな」
 
「そうか?ディルックは真っ赤になってここに突っ伏してそうだけどな」
 
「なんだって?」
 
 ディルックが笑いながらガイアを睨みつける。ガイアは肩を竦めると「冗談だよ」と言って笑った。グラスに二杯目のアップルサイダーが注がれると、それを飲みながらガイアは何かを思い出したかのように指を鳴らした。
 
「そういえばディルックの成人を祝う会、もうすぐだな」
 
「三週間後だよね。楽しみ」
 
「ありがとう。僕も楽しみだよ。今から父上も張り切っているんだ」
 
 ディルックとお付き合いをするようになってから、何度かディルックの家にはお邪魔させてもらっている。その度にディルックのお父さんであるクリプス様には良くしてもらっている。ディルックの事を心から愛しているのだとその優しさが伝わってくるようなそんな方だ。「目に浮かぶなぁ」とガイアがグラスに入ったアップルサイダーをくるくると回す。血の繋がっていないディルックとガイアがこうして仲良くしているのもクリプス様が素晴らしい人だからなのだろう。
 
「それまでに俺は仕事を終わらせないとなぁ」
 
「庶務長は相変わらず忙しそうだね」
 
「…ファデュイが訪れていると聞いたが?」
 
「ああ。数週間程滞在するんだと。それの警護やらに人を当てなきゃいけないから割り振りが大変でな」
 
 大きな溜め息を吐くとガイアは愚痴をこぼしていく。
 その後、私達は最近あった出来事を報告し合ったり、他愛のない話をして夜が更けていった。
 
 ◇
 
「あ、騎士団本部に忘れ物したみたいだ」
 
 エンジェルズシェアを出ると、ガイアがポケットの中を慌てた様子で漁り始める。ガイアが忘れ物なんて珍しい…ガイアはあちゃーといった様子で頭に手を当てると、「じゃあな」と言って私達にウインクをして去って行った。
 なぜウインク?まるでお酒を飲んだみたいにご機嫌だなぁとガイアの飲んでいたドリンクの色は自分と同じだったかと考えていると、ディルックと二人きりであるというこの状況にハッとした。もしかして、騎士団本部に忘れ物っていうのは嘘で、私達を二人きりにする為に気を遣ってくれたってこと?思わず勢い良く顔を上げてディルックを見ると、ディルックはそんな私を見て首を傾げて微笑んだ。
 
「寮まで送るよ」
 
「え?ディルックは?」
 
「僕は今日は実家に帰るんだ」
 
「そ、そうなんだ…ごめんね、送ってもらっちゃって」
 
「君を家まで送り届けるのは恋人として当たり前の事をしているだけだよ」
 
 恋人、という言葉に未だ慣れない私はただ顔を赤くして俯くしかない。でも、そんな風に言ってくれるのはとても嬉しい。応えるかのように自然と繋がれた手に力を込めると、ディルックがふっと笑ったような気がした。
 静かなモンドの街に私達二人の足音が響いている。頭上に丸くて明るい月が出ている。良い夜だ。こんな良い夜に大好きなディルックと手を繋いで歩いていられるなんて、なんて幸せな事なんだろう。月明かりに照らされたディルックの横顔をチラリと盗み見ると、丁度こちらを見ていたのか、ディルックとバッチリ目が合ってしまった。
 
「……僕が成人を迎えたら、ティアには父上と会ってほしいんだ」
 
 唐突に告げられたその言葉の意味が分からず目を丸くする。クリプス様には何度かお会いさせていただいているけれど…と、私が思っていた事が分かったのか、ディルックは「ああ、いや…」となぜか言葉を濁した。少し顔を赤らめるディルックにどうかしたのだろうかと彼の顔を覗き込むと、ディルックは私の顔を見て何かを決心したかのようにグッと目に力を入れた。
 
「…君の事を、改めて紹介したいんだ」
 
「…………え?」
 
 そ、それって…と、ポカンと口を開けてディルックの顔を凝視している私はきっと間抜けな顔をしているだろう。だって、その意味が分からない程鈍くはない。
 
「改めてって…あの、それって…」
 
「ああ」
 
 赤い顔をしたまま私の答えをジッと待つディルックの手が汗ばんでいるのが伝わってくる。返事をしなきゃと思うのに、嬉しさと同時に色んな感情が一気に押し寄せてくる。
 
「でも、私は…」
 
「……何度も言っただろう?ティアはティアだ」
 
「そう…だけど…」
 
「君にどんな血が流れていようが僕はティアの事が好きなんだ」
 
 昔程は気にならなくはなったが、ディルックとお付き合いをするようになって、血統の事は私の胸の奥底で燻っていた。ディルックのような立派な家柄の人の横に立つのが私で良いのだろうか。私のせいで、ディルックまでモンドの人達に何か言われてしまったら…と、時折考えては気分が落ちていた。けれど、やっぱりそんな私の事なんてお見通しだったようで、ディルックは、昔のように後ろ向きな考えをし出した私を最も簡単に掬い上げてしまった。
 ディルックの言葉に鼻の奥がツンとする。ディルックは私を引き寄せると、頭をゆっくり撫でた。大きくてあたたかい、大好きな手。この手に今まで何度も救われてきた事か。
 
「……僕にはティアしかいない。…いい加減腹を括ってくれないか?」
 
 そう言うと、ディルックは満面の笑みを浮かべた。堪らずディルックの胸に顔を埋めると、ディルックは大切なものを抱えるかのように私の事をぎゅっと抱き締めた。
 
「………うん」
 
 振り絞った私の小さな声に、ディルックは嬉しそうに何度も何度も頷いた。月明かりが祝福するかのように私達を照らす。ディルックの隣なら、もう何も怖くない。
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