26


「…エンジェルズシェアで?」
 
「ああ。遠征に行ってるオニイサマから伝えておいてくれってな」
 
 任務の合間に偶然会ったガイアが私に告げたのは、エンジェルズシェアでディルックの成人を祝う会へのお誘いだった。ここ一ヶ月程、お互いの仕事が忙しく、ディルックとは顔を合わせるのはおろか、手紙のやり取りもろくにできていない。報告書の隅に私に伝えるよう言っておいてくれって書いてあってなとガイアは含みを持った笑みを浮かべながらその報告書を私に見せた。
 
「…庶務長様、一介の団員である私にこんな大切な報告書見せちゃダメでしょ…」
 
「重要なのは二枚目の方だから大丈夫だ。それにお前はもう一介の団員じゃあないだろう?第二小隊隊長様?」
 
 ディルックと想いが通じ合ってから数年の月日が経った。
 あの日から正式にお付き合いを始めた私達は特に揉め事やすれ違いを経験する事なく順調に交際をしている。そしてそれは周知の事実であり、その事を未だ茶化すのが今目の前にいるこの男だったりする。
 ディルックは相変わらず皆の目を引く活躍をし続けており、彼に憧れて騎士団に入団志望をする人達が続出しているくらいだ。そんな人の恋人であるという事にこんな性格の私は無論気後れしてしまうのだが、そんな私の思いをいち早く察知したディルックはいつも優しい言葉を掛けてくれる。本当に、私には勿体無いくらい素晴らしい人だ。
 そして私はというと、神の目の扱い方も慣れてきたと同時に戦闘能力が上昇し、晴れて先日第二小隊の隊長へと就任する事ができた。モンドを恐れ、そして愛してきた私がこの地を守る西風騎士団の隊長格へと昇進できた事は、私の人生においてとても大切な事で、この地へやっと恩返しが出来たようなそんな気がした。
 エウルアとも今じゃたまにご飯を食べに行く間柄で、それを見た人達が私の事を旧貴族の血縁者ではないだろうかと噂をしたりするが、やはりもう、気にはならなかった。その事をエウルアに伝えると「開き直るのが早すぎるわ」と呆れて笑われた。
 
 そんな風に、私はモンドで上手く生きる事が出来るようになったのだ。
 
「とはいえ、ディルックは明日には帰ってくる予定なんだがな」

「そ、そうなんだ!」
 
「おいおい、顔に嬉しくて堪らないって書いてあるぞ?」
 
 ガイアは隻眼を細めて私を茶化した。一ヶ月もまともに会っていないんだ。そりゃ嬉しいに決まってる。ニヤける口元を押さえながら私はガイアの元を後にした。
 
 ◇
 
 翌日、良く晴れた青空を見上げながら定例の巡回をしていると、モンド城前に見覚えのある赤毛を靡かせる彼の姿を見つけた。手を挙げ、その名を呼ぼうとしたが、それよりも先に向こうから「ティア!」と私の名を呼ぶ声がして思わず顔が綻んだ。
 
「ディルック!おかえりなさい」
 
「ああ、ただいま。久しぶりに会えて嬉しいよ」
 
 同じようにディルックも顔を綻ばせる。スッと腕が伸びてきたかと思えばその手は私の体を包み込もうとしているではないか。慌ててディルックから数歩距離を取ると、ディルックは目に見えてしゅんとした。
 
「いや、あの、みんな見てるから…」
 
 少し落ち込むディルックの肩にそっと触れる。人々が多く行き交うこんなところで久しぶりの再会とはいえ抱き合ってなんていたら瞬く間に噂は広まってしまう。ディルックは私の言葉を聞き納得したのか、小さく頷くと、「場所を変えよう」と私の耳元で囁いた。
 ば、場所を変える?その言葉の意図は分からないが、ディルックの後に着いて行く。ディルックが門を潜ると、市民や、巡回していた騎士団員から「おかえりなさい!」「ディルック様だ!」と、ディルックの帰還を喜ぶ声が溢れた。相変わらずディルックは人気者だなぁ、と、みんなの声に応えるディルックの一メートル程後ろを歩きながらディルックの人気を噛み締めていると、突然ディルックが振り向いて、私を見て微笑んだ。
 
「ティア、何でそんなに後ろを歩いているんだい?こちらへ」
 
「…え、あ」
 
 ディルックに手招きされ、小走りでディルックの元へと近寄るが、周りの視線が痛くて仕方がない。俯き赤い顔をしている私は堂々としているディルックとは対照的で、みんなからどんな風に思われているんだろうと色んな考えが頭の中をぐるぐると回る。早くこの場から逃げ出したい…と思っていると、私の手を、大きな手がふわりと包み込んだ。
 
「行こう」
 
 ディルックは人目も憚らず私の手を取ると、エンジェルズシェアがある方向へと歩いて行く。こんなところを見られて何を言われるかと内心慌てたが、周りから聞こえてくるのは「ディルック様、何て紳士的なの!」「素敵!」という声ばかりで、私が想像していたような声は聞こえてこなかった。そういえば、モンドはこういう街だったなと思ってくすりと笑っていると、それに気付いたディルックが私を見てなぜか満足そうに微笑んだ。
 
 ◇
 
「ここ入っていいの?」
 
「何かあったら使っても良いと言われているんだ」
 
 エンジェルズシェアの外から階段を登って行くと、とある扉の前へと辿り着いた。ディルックは鍵を取り出すとその扉を開け、私を誘導した。スタッフルームか何かだろうか。
 
「こんな部屋があったなんて気が付かな……ちょっ、ディルック!?」
 
 扉を閉めた音がしたと同時に振り向くと、目の前にはディルックの胸板があり、ディルックはあっという間に私の体を包み込むと、私の首元に顔を埋めて大きな大きな溜め息を吐いた。
 
「…ディ、ディルック?」
 
「会いたかった」
 
 その言葉に心臓が脈打つ。そっとディルックの背中に腕を回すと、ディルックが嬉しそうに笑ったような気がした。すぐそこにあるディルックの頭に顔を寄せると、ディルックは一際強い力で私の体をぎゅうぎゅうと抱き締めた。
 
「君は?」
 
「え?」
 
「君は僕に会いたくなかった?」
 
 ディルックは顔を上げると、額を私の額へとごつんと当てて、上目遣いで私を見た。わ、分かってるくせに…徐々に赤くなっていく私の顔に気が付いたのか、ディルックの口角が上がっていく。
 
「…あ、会いたかっ…!」
 
 私が全てを言い終わる前にディルックの唇が私の唇を塞ぐ。折角言ったのに!と薄目を開けるディルックの目に抗議するが、ディルックは目を細めたかと思えば、静かに瞼を閉じた。熱いディルックの唇が、まるで会えなかった一ヶ月間を埋めるかのように私の唇を貪っていく。リップ音と、時折漏れるお互いの息遣いに、何だかいけない事をしているようで…と、そこで私は大変な事に気が付いた。
 
「…は!巡回中なんだった!」
 
「…巡回?」
 
 定例の巡回中にディルックを見つけ、そして今に至るが、仕事を放り出してこんなところでこんな事をしているわけにはいかない。甘い雰囲気を遮断されきょとんとするディルックを見て私だってもう少しディルックとの久しぶりの再会に浸っていたいけれど…という思いを込めてディルックの体をぎゅっと抱き締めると、ディルックの体がプルプルと震えているのが分かり、慌てて顔を上げた。
 
「ふ、ははは!君らしいな」
 
「…え」
 
 私らしい?笑い続けるディルックとその言葉の意味が分からず固まっていると、ディルックは私をぎゅっと抱き締め返すと、私の頬にちゅっちゅっと何度も口付けた。
 
「君のそういうところが、僕はとても好きだ」
 
 ディルック手が私の頭をゆっくり撫でる。私を見るディルックの視線がとても優しくて、それが擽ったくて、誤魔化すかのように私はディルックの手からすり抜けて部屋の扉の前へと駆け足で向かった。
 
「…ディルック、この後の予定は?」
 
「報告書を出したら休みだよ。君の仕事が終わるのを待つよ」
 
「…うん、ありがとう」
 
 私の言いたい事をディルックが分かってくれたのが嬉しくて満面の笑みを浮かべると、ディルックはなぜか目を見開いたかと思うとスタスタと私の元へと近寄ってくる。扉に手を掛けていた私の手をそっと握ると、ディルックは私の肩にぽすりと頭を乗せた。
 
「……離れがたい」
 
「…う…仕事が終わるまで待ってて?」
 
「待てない」
 
「ま、待ってて!」
 
 悪戯っぽく笑うディルックにそう言うと、ディルックは渋々といった様子で頷いた。
 扉を開け、振り向いてディルックに手を振ると、ディルックも手を挙げ、微笑みを浮かべている。
 ああ、早く仕事が終わらないかな。離れがたいのも、待てないのも私も一緒だよって、ディルックに伝えたい。
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