24


 息が上がる程踊らされ、もっともっと!と酔っ払う人々からの賞賛を浴びたが、騎士団に所属する私達が興に乗せられて踊り狂っているのをもし同じ騎士団員に見られたら示しがつかない。ましてやディルックは隊長クラスなわけだし…
 賑わう人々の間を何とか潜り抜けてディルックと私はその場を離れた。
 しかし、どこもかしこも宴のように盛り上がっており、そんな場を避けるように歩いていたら、気が付けば私達は風立ちの地へと辿り着いていた。暗闇の中、七天神像と晶蝶が光を放っている。その後ろにある大きな木の麓へ近寄ると、ディルックはその場に腰を下ろした。私もディルックの隣にそっと腰掛ける。
 この場所にいると心が凪いでいくようだ。少しモンド城から離れているからたまにしか訪れないが、静かで、自然豊かで好きな場所。いつもは虫の音と、動物が草の陰を走る音だけがしているのに、今日はお祭りだからか、街の喧騒がここまで聞こえてきて、楽器の音も時折響いてくる。すると、そこそこサマになっている演奏の中、一際目立つ下手くそな笛の音がした。
 
「これって、さっきの…」
 
 私達が踊らされる直前に演奏されていた笛の音だ。その音はやたら大きくてそしてとっても下手くそで、静かなこの地に似合わなくてふつふつと笑いが込み上げてくる。
 
「ふ、あはは!こんなところにまで聞こえてくるんだね」
 
 笑ってはいけないと思っても、一度ツボに入ってしまうとなかなか止める事はできないものだ。私の笑い声に驚いたのか、晶蝶が慌てたように飛び立っていく。ああ、何だか悪い事をしたな…笑いすぎて滲んだ涙を拭っていると、ディルックが息を呑む音がした。ディルックは何故か少し驚いたような顔をして、ジッと私を見ていた。
 
「好きだ」
 
 静寂に響いたはっきりとした三文字の言葉に、まるで時が止まってしまったのかと思うくらい何も考えられなくなる。目を見開く私と、ディルック。ディルックは自分で発した言葉なのに、まるで信じられないといった様子だ。え?私の聞き間違い?段々と速くなる鼓動に、落ち着け落ち着けと言い聞かせて自分の手をぎゅっと握り締める。瞬きを繰り返していると、ディルックの顔がぐにゃりと歪む。すると、ディルックは両手で自分の顔を覆って大きな溜め息を吐いた。
 
「…うっかり、言ってしまった」
 
「……え?え?」
 
 うっかり?意味が分からず手で顔を覆うディルックを覗き込む。ディルックの表情は分からないが、髪の隙間から覗く彼の耳は彼の髪色のように真っ赤で、告げられた三文字は聞き間違いではないのではという事を自覚していく。さっきよりもうんと速くなる鼓動に、口の中がカラカラに乾いていくような感覚。指先は小刻みに震えていて、頭が真っ白になっていく。
 ディルックを見たまま何も言えず固まっていると、ディルックは観念したかのように顔を覆っていた指の隙間からちらりと瞳を覗かせた。いつも真っ直ぐ私をとらえる赤がゆらゆらと揺れている。
 
「…様々な事を考えてどう君に伝えようかと思っていたんだ。なのに、楽しそうに笑う君が可愛くてつい言ってしまった」
 
 まるで溜まっていたものを吐き出すかのようにディルックが早口で捲し立てる。ディルックが顔からそっと手を離す。その顔は見た事がないくらい赤くて、そんな自分の顔を隠す事もせずにディルックは体をこちらに向けて、真っ直ぐ私を見た。
 
「君が好きだ」
 
 心臓が聞いた事がないくらい大きな音を立てている。その鼓動の大きさに目眩がしそうだ。
 ディルックが私を好き?あのディルックが?嘘なのではと思ってしまう。…けれど、強い意志と少しの不安を含んだ赤い瞳が嘘を吐いているわけなんてないという事は明白で、本当なのだと思えば思うほど緊張と嬉しさでどうにかなりそうだ。
 
 ――だって、私もディルックの事が好きなのだから。
 
 まるで夢のような出来事に、そっと手を伸ばして自分の頬を抓ると、ちゃんと痛みを感じた。これは現実なんだ。
 そんな私を見てディルックは首を傾げた。
 
「…何をしているんだ?」
 
「……夢かと思って…」
 
 抓った箇所をぽりぽりと掻くと、ディルックがふっと息を吐いたかと思えばくつくつと笑い出した。
 
「…夢じゃないよ。現実だ。ほら…」
 
 ディルックの手が私の手を取る。何度も触れた事があるのに、ディルックの手は今まで触れた中で一番熱かった。
 繋がれた手を凝視して、頭を必死に回転させる。こういう時、なんて言ったら良いのだろう。告白なんてされた事がないからどうして良いのか皆目見当がつかない。恐る恐る顔を上げてディルックをちらりと見ると、ディルックは目尻を下げて私を見ていた。
 
「…夢みたいだと思ってくれたのかい?」
 
「…うん」
 
「それは、どういう意味?」
 
 ディルックはいつも私の事を導いてくれる。神の目を手に入れた時も、出自の事を話した時も、そして今も。
 優しさと愛おしさが滲んだディルックの瞳を見つめる。ああ、恥ずかしい。顔から火が出そう。口から心臓が出てしまいそう。でも、私だってディルックにこの気持ちを伝えたい。ゆっくり息を吸い込むと、それと同時に風が吹いた。まるでバルバトス様が背中を押してくれているようだ。
 
「…私も、ディルックが好き」
 
 口に出してしまえば楽になるかと思っていたのに、それは口にした後の方がとんでもないくらい恥ずかしくて、自分の顔がこれでもかというくらい赤くなっている事が見なくても分かる。ディルックと繋がれた手がまた小刻みに震え出す。ディルックの顔を見る事が出来なくて慌てて下を向くと、ディルックの手が私の手をぎゅっとさっきよりも強い力で握って、そして引き寄せた。
 どん、と何かに顔がぶつかったかと思えばそれはディルックの胸板で、ディルックの片手は私と繋がったままだが、もう片方の手は私の背中へと回っている。鼻腔へと一気に香るディルックの香りに頭がパンクしそうになる。ど、どうすれば…と空いた方の手を宙に漂わせていると、ディルックがより一層強い力で私を抱き締めた。彼の胸板から伝わってくる鼓動はとてもとても速くて、ディルックだって私の同じように緊張したんだなぁと、見た事がないくらい赤い彼の顔を思い出す。そっと手を伸ばして、空いている方の手をディルックの背中へと回すと、ディルックがゆっくり体を離して、鼻先が触れそうな距離で私の瞳をじっと見た。ディルックの顔は、相変わらず真っ赤で、そしてそんな彼の瞳に映る私の顔もやはり真っ赤だった。
 
「…夢みたいだ」
 
 そう言うとディルックは顔をくしゃくしゃにして笑った。そんな風に嬉しそうに笑ったところ、初めて見たかもしれない。込み上げてくる愛しさに、ディルックがうっかり言ってしまったと言っていた気持ちが分からなくもない。
 
「ほっぺ、抓ろうか?」
 
「…そうしてもらおうかな」
 
 ふっと私が笑うと、ディルックも声を上げて笑った。
 未だ街から響く下手くそな笛の音を聞きながら、私達はもう一度抱き合った。
 
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