23


 夜になれば祭りも少しは落ち着くものかと思ったが、どうやら逆だったようで、益々活気に満ち溢れる人々はベンチに腰掛け酒を飲みながらつまみを食べていたり、噴水の前で音楽を演奏しながら踊っていたりと、各々が自分なりの祭りの楽しみ方をしている。
 ディルックと私の手は未だ繋がったままで、照れ臭いけれど、こんなにも人がいると手でも繋いでいないとはぐれてしまうのは事実だ。それに、恥ずかしがったところで、誰も私達の事なんて見ていないようだ。人目を気にする必要がないと思ったと同時に、無意識に繋がれた手に力を込めていたようで、前を歩いていたディルックがくるりと振り返る。何かあったと思ったのか、私の顔をじっと見ると、ディルックは首を傾げてから押し黙り、暫くするとハッと顔を上げた。
 
「何か食べようか」
 
 どうやらお腹が空いていると勘違いされたようで、訂正しようと口を開きかけたが、確かに言われてみれば仕事を終えてから何も食べていない。お腹を摩ると、丁度ぐぅとタイミングよく腹が鳴いた。こんな時に限ってその音がディルックの耳へと届いてしまったようで、ディルックがくすりと笑った。
 
「…僕もお腹が空いているんだ。あれなんてどうだろう?」
 
 ディルックが指差した先を見ると、それはお肉ツミツミの出店で、意外とがっつりした物を食べるんだなと目を見開くと、ディルックが慌てたように手を横に振った。
 
「いや、忘れてくれ…君は何が食べたい?」
 
「……ディルックはあれが食べたいの?」
 
「………ああ」
 
 恥ずかしそうに顔を背けるディルックに笑いが込み上げてくる。ふふふ、と笑い声を漏らすと、顔を赤くしたディルックが困ったような表情を浮かべて私を見ている。上品なイメージのディルックがお肉ツミツミを食べたいと正直に言っていたのが何だか可愛くて仕方がない。
 
「…そんなに面白いかい?」
 
「ふふ、ごめんごめん。ディルックもちゃんと男の子なんだなと思って」
 
 バツが悪そうなディルックの手を引いてお肉ツミツミの出店へと向かう。遠くからじゃ分からなかったけれど、飾ってあるサンプルを見ると、思っていたよりも肉の量が多い。立ち止まりサンプルをジッと見ていると、ディルックが「やめておこうか?」と小声で言った。
 
「ううん、大丈夫。食べ切れるかちょっと不安だけど…」
 
「なら、ティアが食べ切れなかったら僕が食べるよ」

「ええ、本当に?食べ切れるの?」
 
「…ちゃんと、男の子だからね」
 
 私がさっき言った言葉を復唱すると、ディルックは悪戯っぽく笑った。店員に二人前を注文して、出店の前にあるベンチへと腰掛けて料理が来るのを待つ。その周囲でも酒の入った人々が談笑していたり、歌を歌ったりしている。
 
「…まったく、騒がしいな」
 
 小さく溜め息を吐いたディルックは、その人達を見て呆れたように笑っている。きっと、ディルックもこの雰囲気が嫌いではないのだろう。同じ気持ちなのかなと思うと嬉しさに顔が綻ぶ。
 
「この街にいると、自分がちっぽけに思えてくるね」
 
 ぽろりと溢れた言葉に自分でも驚いた。けれど、本心だった。
 
 旧貴族の血が流れている事を辟易し、ひた隠しにしていた。バレてしまえば軽蔑する人も現れるだろう。だけど、私にはディルックやエウルア、そしてみんながいる。そう思えば何も怖くない。それに、こんなにも素敵なディルックと手を繋いで歩いているというのに、誰一人として私達に見向きもしない。冷やかされたりしたらどうしようと思っていたのに。モンドの人達はそんな小さな事を気にしないんだ。みんな、自分の大切な人に目を向けていて、他人の事になんて構っていられないんだ。
 
 この街の、そういうところが、私は大好きだ。
 
 どん、と目の前にお肉ツミツミの皿が二つ置かれる。思っていたよりも高く積み上がっているものだから、驚いて思わずディルックに笑い掛けると、ディルックも笑い返してくれた。
 
「……僕はこの街が好きだ」
 
 考えていた事を読まれたのかと思うようなタイミングに目を見開く。ディルックは、盛り上がり踊り出した人々を見て微笑んでいた。
 
「この街で過ごしていると、自分が抱える悩みや不安なんてちっぽけなものに思えて、どうでも良くなるんだ」
 
「…分かるよ」
 
「同じだね」
 
 ディルックが目を細めたまま私を見る。私も微笑んでゆっくり頷くと、どこからかとても下手くそな笛の音が聞こえてきた。その音はどんどん大きくなって、気が付けば私達のすぐ横には笛を吹いているおじさんが立っていた。おじさんは酔っ払っているらしく、赤い顔をしたまま笛を吹き続けている。
 
「大丈夫か?」
 
 とても泥酔しているように見えるそのおじさんへとディルックが手を伸ばすと、おじさんはディルックの手を取り、「兄ちゃんも踊ろう!」と言ってディルックを踊る人々の輪の中へと突き飛ばした。え、え、と言いながら立ち上がりオロオロしていると、私に気付いたおじさんが私の手を引っ張り私まで輪の中へと招き入れた。「カップル?」「かわいい!」「踊ろう!」という声があちこちから聞こえてくる。どうしようと目を瞬かせていると、私の手を誰かが取った。
 
「仕方ない、踊ろう」
 
「…ええ!?」
 
 それは大きくてあたたかいディルックの手で、ディルックは私の手を掴むと、空いている方の手を胸に当て、跪いた。まるで女性を踊りに誘う王子様のような振る舞いに息を呑むと、「いいぞ!」と周りが囃し立てる。勿論、踊った事などない私はただただディルックの前で棒立ちでいると、ディルックが立ち上がり、私の腰を抱いた。ステップのようなものを踏むディルックの歩調に合わせてみるが、上手くいかなくて足を踏みそうになる。
 
「ぜ、全然分かんない…」
 
「舞踏会じゃないんだ。適当で良いよ」
 
 ディルックの体が離れたかと思うと、ディルックが私と繋がったままの手を大きく上げる。これは、もしかして…ディルックの手を離してそれっぽく、くるくると回ってみると、演奏していた人達が一際楽器を大きく鳴らし盛り上がり出す。指笛を吹く人、一気飲みをし出す人、もうめちゃくちゃだ。
 
「ふふ、あはは!」
 
 こんなにも楽しくて、開放的な気分になったのは初めてかもしれない。お酒なんて飲んでいないのに、まるで酔っ払ってしまったかのように笑いが止まらない。そんな私につられたのかディルックも笑い出す。
 
「楽しいな」
 
 ぽつりと呟かれたその言葉に胸があたたかくなる。ああ、良かった。私達、同じ気持ちなんだね。ディルックと笑い合う。こんな時間が、いつまでも続けば良いのに。
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