22


 ただでさえ活気のあるモンドの街が、いつも以上に賑やかだ。モンドは陽気な人が多い。祭りとなるとそれはもう気合が入るらしく、皆街中を駆け回っている。出店を出す人、街を飾り付ける人、昼間からお酒を飲んで楽しそうにしている人。例え今は自分が参加していなくても、こういう雰囲気は好きだ。見ているだけで楽しくなる。出店を出している人達の近くで警備をしていると、一人の女性が「お姉さん!」と言って私を呼び止めた。何かあったのかと駆け寄ると、女性は「お疲れ様、これ差し上げるわ!」と言って大根の揚げ団子をくれた。お礼を言いつつも今は勤務中だ。どうしようと、渡された大根の揚げ団子を持ったままウロウロしていると、つん、と何かが肩に触れた。
 
「何をしているんだい?」
 
「アルベドさん!」
 
 そこに居たのは両手いっぱいに荷物を抱えたアルベドさんで、アルベドさんは私の手にあるものを見ると、「ああ」と言って周囲を見渡した。
 
「ボクが見ててあげるよ。そのあたりで食べると良い」
 
「あ、ありがとうございます!」
 
 お言葉に甘えて出店の裏で大根の揚げ団子を頬張る。お、美味しい…出来立てという事もあってとってもジューシーだ。後でもう一度あの女性にお礼を言おう。揚げ団子を頬張りながら口元を押さえ、アルベドさんの元へと戻ると、アルベドさんは「もう少しゆっくりしてても良かったのに」と言いながら荷物を持ち直した。
 
「いえ、本当にありがとうございました。…ところで、その荷物は?」
 
「今日からバドルドー祭だろう?流石に下山してこちらの任務を手伝うように言われてね。久しぶりに戻ってきたから荷物が多いんだ」
 
 なるほど…布に巻かれた荷物の中には怪しげな薬品が入った瓶が顔を覗かせている。それに、布に巻かれているから何なのかははっきり分からないけれど、背中に背負っている大きな四角い物は恐らくキャンバスだろう。初めてアルベドさんと会ったあの時以降も何度かドラゴンスパインへと赴きアルベドさんへ荷物を届けた事がある。その時もアルベドさんは絵を描いていた。大荷物の中身も、何というか、アルベドさんらしい。
 
「荷物、お持ちしましょうか?」
 
「大丈夫。気持ちだけ受け取っておくよ」
 
 そう言うと、アルベドさんは手を上げて歩き出す。若々しい見た目をしているのに、本当に落ち着いている人だなとその背中を見ながら考えていると、「あ」という声がした。すると、アルベドさんがくるりと振り返る。
 
「アルベドで良いよ。あと敬語も必要ない」
 
「……え、あ」
 
 突然そう言われ言葉に詰まっていると、今度こそアルベドさんは「じゃあ」と言って、踵を返して歩き出してしまった。アルベドさんの事を呼び捨てにし、あまつさえタメ口で良いだなんて、本当に大丈夫なのだろうか。少し緊張するけれど、次会った時はそのようにしてみよう。
 何だか最近、色んな人たちと距離が縮まってきている気がして、とても嬉しい。今まで過去の事があり、人と深く関わろうとしていなかった。こんな風に色んな人と仲良くなれるなんて事、知らなかった。他の人よりも遅いスタートになってしまったけど、私なりに少しずつ絆を重ねてこの街で生きて行こう。
 
 
 ◇
 
 
「…疲れた」
 
 月が顔を出した頃、やっと警備の任務が終わった。特に何かがあるとは思っていなかったし、実際何かトラブルに見舞われたわけではないけれど、周りにいるほとんどの人が酔っ払っており酒を飲まされそうになるし、ところ構わず踊り出す集団を止めたりなどで散々だった。くしゃくしゃになった髪を整えながらディルックと待ち合わせしている噴水までの道を急ぐ。ディルックは要人の接待などの任務だろうから、まだ終わっていないだろう。少し待つ事になりそうだけど、楽しそうにしている街の人達を見ていたら飽きないし、暇つぶしになりそうだ。…もう酔っ払いに絡まれたくはないけど。
 噴水に到着すると、その前のベンチに腰掛けるディルックの後ろ姿を見つけた。
 
「ディルック!お待たせ!もう終わったの?」
 
 まさかもうディルックが到着しているなんて思わなかった。慌てて彼の元へと駆け寄ると、ディルックは立ち上がり、私を見て笑みを浮かべた。その顔に胸がきゅんとして照れてしまいそうになったが、今からこんな調子ではダメだ。だって今日はディルックとお祭りを楽しむんだから。こんな事でいちいち照れていては体が持たない。
 
「客人を城内まで招き入れたら後は上の者がやっておくと言ってくれてね。…君との約束に遅れなくて良かったよ」
 
 ほっとしたような顔をするディルックに、やっぱり顔が熱くなる。体、持たないかもしれないな…俯く私の視界に、大きな手のひらが差し出される。え?と思い顔を上げると、頬を染めたディルックが緊張した面持ちで私に手を差し出していた。どういう事か分からず首を傾げると、ディルックは顔を逸らして咳払いをした。
 
「…人が多くてはぐれてしまうといけないから」
 
「……」
 
「それに、皆浮かれているだろう?誰も見ていないよ」
 
 照れ臭そうな、柔らかな笑顔に見惚れていると、ディルックがいつの間にか私の手を取った。繋がれた手はとても熱くて、この熱はどちらの熱なのだろう?きっと、どちらの熱でもあるのだろう。ヤケにうるさい心臓の音は人混みに掻き消されディルックには聞こえていないみたいで、本当に良かった。
 
 
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