21


「バドルドー祭…」
 
 掲示板に大きく書かれたその文字に、そういえばそんな季節かと天を仰いだ。
 十五日にもわたって開催するモンドの大きなお祭りで、クライマックスにはバルバトス様の像の上から乙女がバドルドーという赤い布で包まれた玉を投げ、それを取ったものは一年間幸福に恵まれるとされている。
 騎士団に入る前に何度か参加してみた事があるが、人混みが苦手な私は出店で買ってきた食べ物を人気のない場所でこそこそと食べていただけなので、果たしてこれは参加したといえるのだろうか。祭り中、騎士団は要人の接待や、警備などを任されてはいるが、今年こそは隙を見てちゃんと参加してみたいな。
 
「意外だわ。君が祭りに興味があるなんて」
 
「ひぃ!」
 
 突然背後から聞こえた声に飛び上がると、そこには目を丸くしたエウルアが立っていた。驚いて前にある掲示板にぶつかりそうになった私を見てエウルアは「気配に気付かないなんて騎士失格ね」と笑っている。
 
「驚いた……エ、エウルアはこの祭りに参加した事あるの?」
 
「ないわ」
 
 私の言葉に被せ気味にそう言うと、エウルアが私の腕を引いて路地裏へと駆け込む。そして私の耳元へと顔を寄せると、ここからでも見えるバルバトス様の像を指差した。
 
「バドルドー祭っていうのはね、昔旧貴族が像の上から投げられるバドルドーを独り占めして、バドルドーを投げた乙女を好きにしていたっていう歴史があるのよ。知らないの?」
 
 そ、そうなんだ…黙る私を見て知らない事を悟ったのか、エウルアがはぁ、と溜め息を吐く。旧貴族が昔モンドの民達に暴虐の限りを尽くしていた事は知っているが、そこまで詳しい事は知らなかった。無知な自分に肩を落としかけるが、そういえばこの前のお礼をエウルアに言っていない事を思い出し、私は勢いよく顔を上げた。
 
「エウルア!この前…」
 
「しっ!」
 
 エウルアが私の口を手で塞ぐ。何事かと思いエウルアを見ると、エウルアはただ道行く人を見ていただけだった。もしかして、私が自分といるとまた前みたいに噂をされると思っての配慮なのだろうか。エウルアの手をそっと剥がし、彼女の目の前に立つ。きょとんとした顔のエウルアは、いつも落ち着いてる彼女とは違って少し可愛いかった。
 
「私はもう大丈夫」
 
「……」
 
「本当に、ありがとう。エウルア」
 
 エウルアの手を取り路地裏から出る。道行く人がチラチラと私達を見ていたけれど、今の私にはそんな事は気にならなかった。
 彼女の言っていたように、大切な人に理解してもらうという事は思っている以上に心の支えになるみたいだ。終始驚いたような顔をしているエウルアに笑いかけると、エウルアは呆れたみたいにふっと笑った。
 
「…この恨み、覚えておくわ」
 
 私の手をそっと離すと、エウルアは手を上げて去って行った。
 
 以前の私なら先程の話を聞いて、もうバドルドー祭には参加しないでおこうかな…と思うだろう。だけど、もうそんな風には思わない。確実に、一歩ずつ進めているんだ。
 
「ふふ」
 
 嬉しくて、モンドの街並みが今まで以上に素晴らしく思える。そう思えるようになったディルックと、エウルアには感謝してもしきれない。そんな事を考えながら騎士団本部までの階段を登っていると、本部の前に数人の団員に囲まれ、任務の話をしているであろうディルックを見つけた。もう体調は良くなったんだ、とほっと胸を撫で下ろす。すると、パチリとディルックと視線が合った。何か声を掛けたかったけど、お取り込み中のようだからと思い、少しだけ笑って見せる。横を通り本部の中へと入ろうと扉に手を掛けると、後ろから「ティア!」と私の名前を呼ぶ声がした。
 振り向くと、私の名前を呼んだのはディルックで、そんなディルックを見て他の団員達も目を丸くしている。咄嗟に私の事を呼んでしまったのか、ディルック本人も慌てた様子で話を締め括ると、「じゃあ、また明日よろしく頼む」と言い、小走りで私の方へと向かってくる。
 
「少し、良いかな」
 
 小声で私にそう告げると、ディルックは私と共に本部の中へと入った。
 昼間の本部は皆任務に出掛けているという事もあり、人が少ない。ロビーにはディルックと私の二人だけだった。
 
「…どうかしたの?」
 
 珍しくソワソワした様子のディルックは周囲を見渡すと、ふぅと一息吐いた。
 
「君はバドルドー祭には参加するのかい?」
 
「うん、警備の仕事が終わったら行ってみようかなって思ってるよ」
 
 祭りの期間中は出店付近の警備を任されている。ディルックやガイアのような役職のある人達は要人の接待などをしなければならないと聞く。大変だなぁと何故か黙り込むディルックを前にそんな事を考えていると、目を伏せていたディルックが突然顔を上げる。
 
「僕と一緒にバドルドー祭を回らないか?」
 
 少し赤く染まった顔を隠す事なく、ディルックが真っ直ぐ私を見る。その瞳は珍しく不安気に揺れている。バドルドー祭を回る?ディルックと?掛けられた言葉を頭の中で繰り返す。ディルックが私の事を祭りに誘ってくれている?その事を理解した途端、嬉しさと照れ臭さで身体中が熱くなる。ジッと私の返事を待つディルックにハッとして慌てて首をぶんぶんと縦に振る。そんなのオッケーに決まっている。私もディルックと一緒に祭りに行けたら…と少しだけ淡い期待をしていたのだ。そんなの夢物語だと思っていたのに、すごく、嬉しい。
 
「も、もちろん!私でよければ、是非!」
 
 そう言うと、ディルックの顔から力が抜ける。そんなディルックに笑顔を向け頷く。
 バドルドー祭は旧貴族に纏わるあまりよくない歴史を持つ祭りだと聞き、ほんの少しだけ不安を覚えていたけれど、ディルックと共に参加する事ができるなら、心強くて、そしてきっと、楽しくなりそうだ。
 
「…先約があったらどうしようかと思っていたよ」
 
「それはこっちの台詞だよ」
 
「前から君と祭りに参加したいと思っていたんだ。僕は君以外と回る予定なんて無いよ」
 
 殺し文句のような台詞に顔が熱くなるが、これ以上こんなところを見られまいと、咳払いをして誤魔化した。
 
「明日仕事が終わってから噴水前に待ち合わせで良いかな?」
 
「うん、じゃあそれで」
 
 扉の向こうからガヤガヤと人の話し声がする。「じゃあ」と言い私とディルックは慌てて自分の持ち場へと戻った。
 初めて本格的に参加するモンドの祭り。しかもそれをディルックと一緒に回る事ができるなんて、こんなにも幸運な事はない。浮き足立つ気持ちを抑えようにも、口元はにやにやと締まりない。ああ、早く明日にならないかな。
 
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