20


「いやいや傑作だな」
 
「笑い事じゃない!」
 
 ディルックが大怪我、大病を患ったかのような言い方をして私を騙し、ただの風邪だというのに彼の実家にまで押しかけさせた張本人であるガイアの頬を強めに抓ると、ガイアは「痛い痛い」と言いながらも肩を震わせている。
 
「それで、どうだった?」
 
「……お父さんもメイドさんも良い人だったけど」
 
 私がそう言うと、ガイアはポカンとした顔をしてからまたしてもあはは!と大きな声を上げて笑い出した。慌ててガイアの口を手で塞ぐと、ガイアは片手を立てながら「悪りぃ」と言い、声を顰めた。当たり前だ。ここは鹿狩りでもエンジェルズシェアでもなく、ドラゴンスパインの宝盗団のアジトの近くなのだから。
 私とガイアは宝盗団の動向を探り、怪しい動きをしているようならば臨機応変に対応と命じられてここにいる。庶務長であり、最近は直接任務に赴く事がなかったガイアが何故私と共にドラゴンスパインにいるのかというと、単なる人手不足だ。最近、ヒルチャールの動きが活発で、それに伴い多くの騎士団員が駆り出されている。ドラゴンスパインに何度か来た事のある私と、人手不足で駆り出されたガイアがこの任務を受け、宝盗団のアジト近くに潜伏しているというわけだ。しかし、いくら待っても宝盗団はアジトへと帰ってこない。このままじっとしていては凍死してしまいそうだと思いガイアと雑談をしていたのだが、突然聞こえた足音に私達は口を閉じ、気配を消した。
 
「…ヒルチャールか」
 
「……なんだ」
 
 宝盗団が戻ってきたのかと緊張したが、その正体はヒルチャールだった。ヒルチャールは周囲を散策すると、何事もなかったかのように来た道を戻っていった。気が抜けてふぅと溜め息を吐くと、ガイアは私へと向き直り、ニヤニヤと何か言いたげな笑顔を浮かべている。
 
「…何?」
 
「俺が聞きたかったのは義父さんの話でもアデリンの話でもなくってだな、ディルックと進展したかどうかを聞きたかったんだが?」

「し、進展?」
 
 ガイアが頷く。進展って、何を…と思ったが、この前の出来事が頭の中を駆け巡る。髪の毛にキスをされ、ディルックの顔が近付いてきたところでメイドさんがお茶を持ってきてくれたので、お茶を頂いてそそくさと帰った。思い返してみたら結構とんでもない事があったような気がしてきた。髪の毛にキス、くらいなら紳士的なディルックの事だ。女性にそれくらいやってのけるかもしれないが、あの後メイドさんが来なかったらどうなっていたのだろう。もしかして、唇に…
 
「うう…」
 
 思い出したらとんでもなく恥ずかしくなってきて思わず顔を覆うと、ガイアが「は!?そんなに進展したのか!?」と楽しそうに声を上げている。思い出すと赤面してしまいそうだし、逃げ出したくなる衝動に駆られるので首をぶんぶんと横に振り深呼吸をする。
 
「何もなかったよ」
 
「嘘吐け」
 
 ガイアが私の鼻を摘む。だって、あんな事言えるわけがない。ましてやガイアは友人ではあるけれど、ディルックの義弟にもなるわけだし。とにかく話せとでも言いたげなガイアの視線をスルーして、ドラゴンスパインの雪景色を見て誤魔化す。すると、どこからか足音が聞こえてきた。周りを見ると、宝盗団がぞろぞろと五人程こちらに向かって歩いて来ているではないか。
 
「伏せろ」
 
 近くで聞こえたガイアの真剣な声と同時に頭に手が乗せられ、ぐいと力を掛けられる。半ば強制的に体を縮めていると、私達に気付く事なく宝盗団が談笑し始める。他愛の無い話を続けていた彼等だが、暫くすると少しだけ声を顰め、会話の内容がどんどん怪しげな方へと転がっていく。
 
「聞き捨てならないなぁ」
 
 聞き覚えのある声がしたかと思えば、私の横で屈んでいたガイアが立ち上がり、剣を抜いている。ギョッとする宝盗団と、そして私。ガイアに続くように慌てて立ち上がり剣を抜くと、宝盗団も武器を取り出し声を荒げる。攻撃を仕掛けるんだったら打ち合わせくらいしてくれても良かったのに!横目でガイアを見ると、私の視線に気付いたのか、ガイアはべ、と舌を出した。「やっちまえ!」という声と同時に宝盗団が一斉に私達へと向かってくる。
 
「ほらほら、こっちだ」
 
 宝盗団の殆どがガイアへと襲い掛かる。ガイアは素早く動き回ると、翻弄するかのように宝盗団を斬り付けていく。ガイアが戦っているのをちゃんと見るのは初めてかもしれない。以前ディルックと共に三人でヒルチャール討伐に行った事があるが、ほぼディルックが片付けてくれたから、ガイアの実力を見る事なく終わったんだった。
 ガイアの剣捌きは意外にも騎士という名に相応しいもので、一つ一つの動きがとても優雅で見惚れてしまいそうになる。攻撃に緩急をつけている事で、敵である宝盗団もまんまとそれに引っ掛かり慌ただしく動き回っている。すごい、強い。ガイアに負けじと私も奥歯を噛み締めて剣を振るう。そうだ、ここは雪山だ。良い事を思いつき、元素の力を使用すると、私の神の目の力である水元素を付与した宝盗団の動きが一斉に止まる。水元素の力を受け、吹雪を浴びた宝盗団達は氷の彫刻のように固まっている。
 
「ナイス」
 
 剣を仕舞うと、ガイアは私の肩をポンと叩いた。その後、ガイアと私によって拘束された宝盗団は、騎士団本部へと送り届けられ尋問を受ける事となった。尋問担当の騎士団員に引き渡されていく宝盗団を、ガイアと肩を並べ眺める。
 ガイアは作戦立案を担当し、そしてその実力を大いに認められているが、もしかしなくても、彼は戦いの才能にもとても恵まれているんじゃないだろうか。側にディルックのような存在が居る事で霞んでいるだけで、本気を出したらもしかして…
 そんな事を考えながらガイアの横顔を見ていると、私の視線に気付いていたのか、ガイアは少しだけ照れ臭そうに笑った。
 
「見過ぎだ」
 
 きっと、ガイアはそれで良いのだろう。気付いていないふりをして、私はガイアへ小さく笑い返した。
 
 
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