01


 床一面に広がる赤。嗅いだ事のない強烈な鉄の匂い。見てはダメと言う大きな声と同時に視界が真っ暗になる。
けれどもう、見てしまったのだ。体を真っ赤に染めて横たわる母と、足をだらりと宙に浮かせた父の姿を。

 私が、私達が何をしたというのか。

 両親の葬儀の後、同年代のあまり話した事のない親戚に聞いてみた事がある。「私達は罪人なの?」と。彼女は澄んだ氷のような瞳を細めて「そうよ」と笑った。その顔は私よりもうんと大人びていて、あの時彼女がどんな思いで私の言葉を肯定したのかを、私は何年も後に知る事になる。

 ◇

「合格おめでとう」

 本当に祝う気はあるのかと言いたくなるくらい冷たい表情のロサリアは、私にずいと紙袋を差し出した。そーっと中身を確認すると、その中に入っていたのは私がまだ飲む事はできないお酒で、顔を上げキッと彼女を見ると、ロサリアは「冗談よ」と言いもう一つの紙袋を私に渡した。その中に入っていたのはブドウジュースで、嬉しいのだけれど相変わらずの子供扱いに何だか複雑な気分になる。

「…ありがとう」

「もっと嬉しそうに言いなさいよ」

 私の頭を一度だけ撫でるとロサリアはふっと笑って、路地裏へと歩き出す。その後ろ姿に鼻の奥がツンとした。

「ロサリア、ありがとう!」

 振り向く事はなく片手を挙げるロサリアに、彼女らしいなと笑みが溢れた。
 
 ◇
 
 牧歌の国、モンド。風神バルバトスの元、自由を愛する国。他国の者にモンドといえば?と問うと、吟遊詩人、酒、そして西風騎士団がよく挙げられる事だろう。
 モンドを守る西風騎士団。よく耳にしていた組織に、まさか自分が所属するだなんて夢にも思わなかった。
 
 両親が亡くなり、孤児としての私を引き取ってくれたのは西風大聖堂で、そこに盗みに入った男を偶然私が引っ捕えると、それを見た西風騎士団の大団長に西風騎士団の入団試験を受けてみないか?と言われたのがきっかけだ。戦った事なんてなかったけれど、何故だか武道の心得があるロサリアに様々な事を教わり、何とか試験をクリアする事ができた。
 流されるまま決まった入団だったけれど、両親を失い、親戚からも引き取る事を断られた私を拾ってくれた西風大聖堂には恩がある。西風大聖堂が信仰するバルバトス様の領地であるモンドを守る事も恩返しの一つくらいにはなるだろう。
 
 それに、贖罪にもなりはしないだろうかと、考えてしまう自分がいる。
 
 ◇
 
 入団式は大聖堂前のバルバトス様の像の前で行われるというので足を運ぶと、そこには凛と背筋を伸ばした、いかにも騎士という肩書きが似合う男女が多く集まっていた。
 そんな人々に圧倒され、そろりそろりと後退すると、「おっと」という声と共に誰かへとぶつかってしまった。
 
「ご、ごめんなさい!」
 
 慌てて振り向き頭を下げると、そこには右眼に眼帯をした派手な出立ちの男が微笑みながら立っていた。
 
「いやぁ。こちらこそ悪い悪い。でも分かるぜ?この光景を見ると、つい萎縮しちまうよな」
 
 男は肩をすくめると、キチンと整列する新団員達を見て楽しそうに笑った。よく見ると、男も私と同じように西風騎士団の制服を着ているじゃないか。けれど、まるで緊張感のない着崩し方と、この態度は新団員ではなく、入団式の様子を見にきた先輩といったところだろうか。
 
「…はい。緊張しちゃって。先輩は見学ですか?」
 
 私がそう言うと、男は目を丸くしてから大きな声で笑い出した。え?私は何かおかしな事を言っただろうか。緊張感のある空気を切り裂くかのように笑い出した男を、周りの人達がじろじろと見ている。慌てて私が「ちょっと!」と男の腕に触れると、男は着崩していたシャツのボタンを突然丁寧に留め出した。
 
「先輩、か…そう見えたって事は良くないな。悪いが俺は先輩じゃなくてこの式に参加するお前の同期だぜ?」
 
 同期?この男が?制服を着崩して飄々としているものだからつい先輩と間違えてしまった。ぽかんとしている私が面白いのか、男はまたくつくつと笑い出した。
 
「初日に出会った奴にまさか先輩呼びされるなんてな。こりゃ傑作だ」
 
「いや、だってあなた全然緊張感ないじゃない!間違えるって!」
 
 笑い続ける男にムキになりそう言い返すと、男は何故か「お!」と嬉しそうに目を輝かせた。
 
「堅物ばかりの西風騎士団でもお前みたいななかなか面白い奴もいるもんだな。気に入ったぜ?」
 
 男は右手を前に出すと人の良さそうな笑みを見せ小首を傾げた。
 
「俺はガイアだ。よろしくな」
 
 よく見るとガイアと名乗った彼はとても綺麗な顔をしている。顔立ちや、肌の色を見るからに、彼は異国の人なのだろうか。けれど、自由を象徴とするモンドには異国の人も多く住む。何も変わった事ではない。
 差し出された手をおずおずと握り返すと、ガイアは人の良さそうな笑みを顔から剥がし、先程見せた悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
 
「入団初日から悪目立ちしちまったな」
 
 ハッとして辺りを見ると、握手を交わす私達の事を他の団員達が奇妙なものを見るかのような目でジロジロと見ている。慌ててガイアの手を離そうとしたが、何故か彼の手は私の手を離そうとしない。
 
「まだ俺はお前の名前を聞いていないんだが」
 
「あ!そうだった…ティア。よろしくね」
 
 ティアか、よろしくなと言いガイアはもう一度私の手をぎゅっと握った。派手で飄々としていて近寄りがたい雰囲気があるけれど、ガイアは案外友好的な人間のようだ。私も彼に薄く笑みを浮かべると、「静粛に!」という大きな声がし、私達は背筋を伸ばした。
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