18

 『ディルックが倒れた』
 
 昼休憩中に鹿狩りで食事をしていると、そんな話が聞こえてきた。食べかけのハッシュドポテトを口に詰めて、椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がる。
 
 ディルックが、倒れた!?
 
 お会計を済ませて騎士団本部までの道を急ぐ。あの一件からディルックの顔を見ていない。騎兵隊隊長である彼はとても多忙な日々を送っていると聞く。改めてお礼を言いたいというのになかなかディルックに会えずに二の足を踏んでいたが、まさか倒れる程の激務をこなしていただなんて。
 本部の扉を開き、ガイアの居る執務室の扉をノックすると、「どうぞ」と控えめな声がした。
 
「ガイア!ディルックが倒れたって本当?」
 
「……血相変えてどうした?」
 
 書類を整えていたガイアが目を丸くする。ガイアも私同様に落ち着かずにいるのかと思ったのに、意外にも彼はいつも通りで落ち着いている。息を切らしながら部屋に入ってくる私を見てガイアの口角が少しだけ上がった気がしたが、直ぐにふっとガイアの表情が曇る。
 
「……ああ、今は実家のアカツキワイナリーの屋敷で療養中だ」
 
「だ、大丈夫なの!?」
 
 実家で療養中って結構状態が悪いってこと?怪我でもしたんだろうか、それとも病気?嫌な事ばかりが次から次へ浮かんでくる。ガイアの返答をじっと待っていると、ガイアは窓の外に目を向けて、ぽつりぽつりと呟いた。
 
「…お前の顔を見たらあいつも喜ぶと思う。俺が一報入れておくから、仕事が終わったら屋敷に様子を見に行ってやってくれないか?」
 
 そう言うとガイアは紙にサラサラと何かを書くと、それを二つに折って私に差し出した。
 
「アカツキワイナリーって分かるか?それ、一応地図だ」
 
「…ありがとう」
 
 ガイアから手渡された二つ折りの地図をぎゅっと握ると、ガイアは眉を下げ力無く笑う。ドクリと心臓が嫌な音を立てる。こんな事なら無理してでもディルックに会っておくんだった。私と会ったからって何かが変わっていたわけではないだろうけれど、無理しないでと一言くらい言葉を掛ける事ができたかもしれないのに。
 執務室を出て、時計を確認する。まだ夕方で仕事が終わるまで数時間ある。ディルックの元へ行くまでに仕事を片付けておかないと。
 
 ◇
 
 橙色に染まる街並みを横目に、ガイアから貰った地図を見てワイナリーへと向かう。街を出た頃にはすっかり辺りは暗くなってしまった。
 出自の事もあり、昔からあまりモンド城周辺を出歩いていなかった私は、他の人よりも土地勘が無い。ワイナリーまでの道も曖昧だ。だからガイアから地図を貰って本当に助かった。
 清泉町を抜けて、大きな崖下の道を歩く。近くにはヒルチャールも居て、何だか物騒な道だ。騎士団の私ならば良いけれど、一般市民からしたらここはかなり危険なんじゃないだろうか?警備にもっと力を入れたほうが…と考えに耽っていると、近くで何か獣の唸り声がした。ハッとして周囲を見渡すと、気付けば私の周りには何十匹もの狼が居た。
 
 ―――囲まれてる。
 
 すかさず剣を取り出すが、狼達は一向に攻撃を仕掛けてこない。何だろう。ただ私が狼の縄張りに入ってしまったから怒っているだけなのだろうか。後退りし、別の道を行こうかと思っていると、奥の狼の影に、小さな人間のシルエットが見えた。すっかり暗くなってしまい、暗闇に目が慣れてきたこともあり、じっとそれを見ていると、その影は蹲っているようにも見える。思わず剣を仕舞いその子に近付く。私が一歩、二歩と近付く度に狼達の唸り声が大きくなるが、人間、それも子供がいるならば話は別だ。狼達の唸り声を気にしていないふりをしてその子へと近付くと、やはりどう見たって人間で、その子は私を見て赤い瞳をぱちぱちと瞬かせると、狼達と同じように低い唸り声のようなものを出した。
 
「こ、こんばんは…」
 
 狼の真似事のような事をするその子に、どう声を掛けて良いのか分からず挨拶をすると、険しい顔をして唸り声を上げていたその子がきょとんとした顔になる。
 男の子、だろうか。銀色の髪の毛は私よりも長く、可愛らしい顔立ちをしているが、女の子のように柔らかい体つきではなく、少しゴツゴツとしているように思える。
 
「………あっ」
 
 よく見ると、男の子は腕から血を流していた。肩辺りをざっくりと切ってしまっているようで、額にじんわり汗が滲んでいるようにも思える。蹲る男の子の側にしゃがみ治療をと手を翳すと、周りの狼達が激しく唸り出す。少し怖いけれど、この子を見捨てるわけにはいかない。
 力を込めて、集中する。すると、男の子の周りにシャボン玉が表れて傷を癒していく。暴れたり、逃げ出してしまうんじゃとヒヤヒヤしていたが、男の子はシャボン玉を見てぽかんとしていたので安心した。男の子の傷が塞がると、あれだけ唸り声を上げていた狼達がまるで水を打ったかのように静まり返る。痛みと傷が治っている事が不思議なのだろうか、男の子が自分の肩を見て首を傾げている。一匹の狼が小さく鳴いたかと思えば、男の子へと近付き男の子の顔をぺろぺろと舐めている。微笑ましい光景だ。
 どういう事情があるのか分からないけれど、この子とこの狼達は仲間なのだろう。騎士団として、小さな子供を放ってはおけないと思ったが、無理に連れ帰るのがこの子の幸せとは限らない。男の子の頭をそっと撫でると、男の子は私の顔をジッと見て、ゆっくり唇を動かした。
 
「……あり、が、と」
 
 少し掠れた小さな声。うんうんと頷くと、私は男の子に手を振りその場を去った。狼達は唸る事も、動く事もせずに私が去っていくのをただただ見守っていた。
 
 
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