17


「…落ち着いた?」
 
 軽く頷いて、顔を両手で覆う。どれくらいの時間泣いていたんだろう。気が付けば空は赤くなっている。きっと、すごく腫れているであろう両目を見られたくなくてひたすら隠していると、私の両手をディルックの手がそっと退ける。微笑んだままディルックが私の顔をまじまじと見る。
 
「あの、酷い顔してると思うから…できれば見ないで欲しいんだけど…」
 
「どんな顔でも君は魅力的だ」
 
 え?何だって?私が目を見開くと、ディルックがしまったと言った様子で口元を覆う。徐々に赤くなっていくディルックの顔に、つられて私まで赤くなる。
 
「いや、あの、何でもない」
 
「う、うん…」
 
 赤い顔を誤魔化すかのように目元をごしごしと拭う。何だかまだ、夢みたいだ。出自の事を話したというのにディルックの態度は以前と変わらない。
 
 本当に、本当に嬉しい。
 
 引いていったと思ったのにまた涙がじわりと滲んでくる。ディルックにバレないようにこっそり涙を拭うと、お見通しだったのか、ディルックがすかさず私の頭を撫でにくる。まるであやしてもらっているみたいで、違う意味でも顔が赤くなってくる。相変わらず、ディルックのぬくもりは安心する。
 黙って頭を撫でて貰っていると、窓の外から見える空が暗くなっている事に気が付いた。
 
「……ディルック、こんな時間まで、ありがとう」
 
 今更だけれど、騎士団のミーティングはどうなったんだろう。私の事は良いけれど、ディルックは騎兵隊長なのにずっと私に付きっきりで大丈夫だったのだろうか。エウルアだってそうだ。二人には申し訳ない事をした。改めて今度お礼をしなくては。
 ディルックは窓の外の景色を見ると、ゆっくり椅子から立ち上がった。
 
「…大丈夫そうかい?」
 
「…うん、本当にありがとう」
 
「もし、今夜一人で居るのが辛いなら呼んでくれ。同じ寮内に居るんだ。いつでも駆け付ける」
 
 心配そうに、眉を下げてディルックが笑う。きっと、エウルアとディルックと話していなかったら私はここから逃げ出していて、どうなっていたか分からない。でも二人のお陰で私はもう大丈夫そうだ。私も笑顔を浮かべて首を縦に振ると、ディルックは安心したみたいに満足そうに笑い、私の頭にぽんと手を乗せた。泣き腫らしたみっともない目。そんな目でディルックをじっと見つめると、ディルックの手が頭から耳、頬、そして親指で私の唇をなぞる。思わずぴくりと唇を動かしてしまうと、ディルックの手が名残惜しそうに離れる。
 
「…おやすみ。また明日」
 
 陽が落ちて、部屋が暗くなった事でディルックの表情は分からなかった。けれど、いつもとは違う触れ方をする彼に、扉が閉まってから心臓がこれでもかというくらい大きな音を鳴らしていた。
 
 ◇
 
 翌日、昨日のミーティングに出席出来なかった事を詫びようと騎士団本部を訪れた。少し、足が震えたけれど、エウルアの言っていた「バレたらその時はその時よ」という言葉を思い出していたら気が付けば足の震えは収まっていた。
 理解者がいるという事は大切な事なんだと改めて思う。エウルアが強く居れる理由が少し、分かったような気がする。
 
 団長に謝罪をすると、どうやら私は体調不良という事で欠席扱いになっていたらしい。ディルックかエウルアが起点を利かせてくれたのだろうか。いや、何となくこれは二人が手を回してくれたのではないような…そんな事を考えていると、「お!」という聞き覚えのある声がした。
 
「ガイア!」
 
「ミーティングをサボったティアちゃんに恩を売ろうと思ってたところだったんだ。お詫びは俺にエンジェルズシェアで飯を奢るってのはどうだ?」
 
「ふふ、良いよ。ありがとう」
 
 やっぱりガイアのお陰だったのか。軽口を叩くガイアにお礼を言うと、なぜかガイアは目を丸くして私を見ている。
 
「……お前、雰囲気変わったな」
 
「そ、そうかな」

 心につっかえていたものが取れたのは事実だ。雰囲気が変わったのかは自分では分からないけれど、何歩か前には進めただろう。少し嬉しくなって、思わず顔を綻ばせると、ガイアは私の顔を不思議そうに見ながらぽんっと手を叩いた。
 
「さては、恋か?」
 
「…なんでそうなるの」
 
 ガイアの腕を小突きながら笑うと、ガイアが突然立ち止まる。どうしたのだろうと私も立ち止まると、ガイアは大人びた表情を浮かべて、目を細めた。
 
「大丈夫そうだな」
 
 そして何事も無かったかのように歩き出す。ガイアが知らない筈がないと思った。血相を変えて私が飛び出して、それをディルックが追いかけて行ったなんてガイアの耳に入っているに決まっている。それを知った上でいつもと変わらず接してくれていた彼の優しさが胸に沁みる。
 
「…ありがとう」
 
 きっと、聞こえていただろう。なのにガイアは「今度、相手が誰か教えてくれよ」と言ってふざけてみせた。
 
 つくづく、私は周りの人に恵まれている。自分の事ばかり考えて不幸だと決めつけていたが、それは大きな間違いだったのだろう。大きく深呼吸をして空を見上げる。モンドの空は、こんなにも綺麗で、こんなにも高かったっけ。
 これから何が起こるか分からないけれど、みんながいるから大丈夫そうだ。
 うんと伸びをして、私はモンドの街を、今日も駆ける。
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