15


 昨日まで世間話をしていた店員が私を見ると顔を顰める。いつも雑貨を買いに行く店の店主はお会計の時におまけをつけてくれる。なのに、おまけはおろか商品さえ売ってもらえず店を追い出される。顔を合わせると「元気?」と話しかけてくれる同僚が私の方を見て噂話をしている。見知った顔が前から歩いてきた。それはディルックとガイアで、いつもの二人なら手を挙げて近付いてきてくれるのに、私の顔を見るとまるでそこに誰も居なかったかのように二人は私の隣を通り過ぎる。
 ガラガラと積み上げてきたものが崩れていくようだった。目頭が熱いような気がしてゆっくり瞳を開けると、見覚えのある天井と目が合った。
 
「…目が覚めた?」
 
 声の方へ顔を向けると、頬杖を付いたエウルアが呆れたような顔をして私を見下ろしていた。
 さっき見たのは夢だったのか。ここはどこだろう。まだ少し痛む頭を押さえながら身を起こす。辺りを見渡すと、枕元のテーブルには両親の写真が飾ってある。ここは、騎士団の寮にある私の部屋だ。気が動転して、酸欠を起こして意識を失った私を誰かがここまで運んでくれたのだろう。チラリとエウルアを見ると、彼女の鋭く細められた瞳と目が合う。 エウルアは大きな溜め息を吐くと、拳を握り、テーブルを叩いた。ドンッという音に体が跳ねる。けれどエウルアはそんな私なんてお構い無しといった様子で立ち上がる。
 
「……同じ事をしてどうするの」
 
 エウルアの顔が歪む。気が動転していたからとはいえ、何て事をしたんだろう。ディルックが止めてくれなければ、エウルアの言うように両親と同じ末路を辿るところだった。
 
「…ただの勘違いだったそうよ」
 
「…え?」
 
「君をローレンス家の者だって話してた人達を問い詰めたの。この前私と一緒に任務に行ったでしょう?その話に尾ひれがついて、何故だか君が私と一緒にいたからローレンス家の者だって事になっていたみたい。まあ、偶然にもそれは本当の事だったから、今こんな事になっちゃったんだけど」
 
 肩を竦めたエウルアがうんざりとした様子で溜め息を吐く。
 
「私と任務に行く人はいつもそう。もれなくそういう噂をされるの」
 
 なら、何か根拠があって私がローレンス家の者だという事が周囲に知られてしまったというわけではないのか。そんなの、完全に早とちりじゃないか。俯き、シーツをぎゅっと握る。早とちりで命を絶ってしまうところだった。本当に私は馬鹿だ。この事になるといつも取り乱してしまって、周りに迷惑を掛けてしまう。
 
「……でも、分からないわよ。いつかは知られてしまうかもしれない」
 
「……うん」
 
 エウルアの言葉が重くのし掛かる。その通りだ。今回はただの勘違いで済んだけれど、これからも騎士団に所属し、モンドにいる限り、私はいつこの事がバレてしまうんだろうと怯えながら生きていかなくてはならない。じわじわと汗が額に滲んでくる。そんな私をエウルアは真っ直ぐ見つめている。彼女の強い意志を持った瞳を見ていたら、私は自然と口を開いていた。
 
「エウルアみたいに強く生きたかった」
 
 エウルアの目が大きく開かれる。本心だった。モンドの人達から嫌われていても、名を捨てず、騎士としてモンドを守る。エウルアのようなかっこいい生き方をしてみたかった。きっと、何も考えていないわけではない。色々な葛藤や決断をして彼女はここに立っている。そんな風に私もなりたかった。劣等感に苛まれ、心が、頭がぐちゃぐちゃになる。目をぎゅっと瞑り俯くと、エウルアが椅子に腰掛け直す音がした。
 
「…私みたいに生きなくても良いんじゃないかしら。君は君の生き方を探せばいいわ」
 
「………私の生き方?」
 
「バレたらその時はその時よ。君が大切に思っている人達だけに理解してもらえていたらそれで良いんじゃない?」
 
「…エウルアにもそういう人はいるの?」
 
 私の言葉を聞くと、エウルアは落ち着かない様子で指を組み、そして少しだけ顔を綻ばせた。
 
「私の出自を知った上で、仲良くしてくれている人はいるわ。それに、騎士団でも私の作ったお菓子を受け取って、美味しいと言って食べてくれる人もいるし」
 
 そうか、彼女にもそういった存在はいるのか。
 大切な人にだけ理解してもらえたら良いという彼女の言葉が頭の中を繰り返す。理解、してもらえるだろうか。そんな私の考えている事が分かったのか、エウルアはなぜかチラリと部屋の扉の方を見てから立ち上がった。
 
「君の大切な人達は、君の出自を知って軽蔑するような人達なの?」
 
「………違う、と思う」
 
「なら話してみたら?話してみて、もし酷い言葉でも掛けられたのなら…」
 
 エウルアが部屋の扉に向かって歩き出す。ノブに手を掛けると、エウルアは振り向いて、不敵に笑った。
 
「私が復讐してあげる」
 
 扉を開けると、エウルアは部屋を出て行った。
 
 ?私が復讐してあげる?
 
 事情は違えど、ローレンス家の血が流れているという立場はエウルアも私も同じだ。お互いにしか分からない様々な思いがある。そんな彼女に掛けられた言葉は、まるで彼女に寄り添って貰えたみたいで、絶望していた心に花が咲いたように、少し気持ちが軽くなる。
 コンコン、と扉を叩く音がする。エウルアが忘れ物でもしたのだろうか。返事をする前に扉がゆっくりと開く。目を伏せ部屋に入ってきたのはディルックで、思わず体に緊張が走る。ディルックは無表情で私の居るベッドの横に立つと、黙ったまま椅子へと腰掛けた。
 
「……具合はどうだい?」
 
「…あ、えと、もう大丈夫…」
 
 ディルックは小さく頷くと「良かった」と呟いて、それから黙り込んでしまった。ディルックの表情は暗い。当たり前だ。誰だって人があんな事をしようとしてるのを見たら嫌な気持ちにもなるだろう。
 
「…ごめんね。あんな事をして。ディルックが止めてくれなかったら私…」
 
「肝が冷えた」
 
 私の言葉に被せるようにディルックが口を開く。眉間に皺を寄せ、鋭い目で私を見る。笑っている顔、悔やんでいる顔、悲しんでいる顔、様々な表情のディルックを見てきたが、今のような苦しそうな表情の彼を見るのは初めてだった。
 
「……君がそこまで思い詰めているというのなら、少しくらい、僕も力になれないだろうか」
 
 弱く、小さな声だった。理解してもらえるかという事ばかり考えていて、理解しようとしてくれている人の事を私は考えれていなかったのではないだろうか。ディルックに両親の事を話した時にいつか話すと約束したというのに。彼はあの時から私に向き合おうとしてくれていた。でも私が弱いから、勇気が、ないから。
 
 ?君が大切に思っている人達だけに理解してもらえていたらそれで良いんじゃない??
 
 ふと、エウルアの言葉が頭に浮かぶ。受け入れて貰えるかなんてそんなの分からない。だけど、私はディルックに理解してもらいたい。その後は、ディルックに託すしかない。そうやって、勇気を出して徐々に私の事を、知ってもらっていくしかないんだから。
 俯くディルックの腕に触れると、ディルックは顔を上げて私を真っ直ぐ見た。
 
 ―――ディルックなら、大丈夫。
 
 深呼吸をしてから、私は震える唇を動かした。
 
 
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