12


 結局、ガイアは先輩らしき人達の席から戻ってくる事はなかった。ディルックと他愛ない話をしながら食事をしていると、気が付けば夜も更けており、ディルックもその事に気が付いたようで、私達はお会計を済ませると慌てて店を出た。店を出る直前にガイアに手を振ると、ガイアは「また改めて」と言い、再び輪の中へと入っていった。
 
「言い出しっぺが居なくなるとはね」
 
「ガイアらしいよね」
 
 悪態をつきながらも、ディルックも私もあれがガイアの処世術である事を理解していた。私には到底できっこない事だ。誰とでも仲良くなる事ができて、周りを良く見ているガイア。普段は飄々としていて冗談ばかり言っているけれど、誰よりも仕事ができて空気が読める。私の周りには、凄い人ばかりだ。チラリとディルックを見ると、ディルックは真っ直ぐ前を見ていた。しかし、何かを考えているようで、暫くすると、ディルックはその場に立ち止まった。
 
「時間、良いかな」
 
 このまま寮へと帰るものだとばかり思っていたから、ディルックの言葉にぽかんとしつつも首を縦に振ると、ディルックは少し笑うと「着いてきて」と言って歩き出した。
 
 辿り着いたのは騎士団本部の近くにある風車と噴水がある場所だった。夜のこの場所は人気も無く、落ち着いた雰囲気でなんだかホッとした気持ちになる。噴水の前にあるベンチにディルックは腰掛けると、自分の隣をポンっと叩いた。座ってという事だろう。そっと隣に腰を下ろすと、思ったよりも近い距離に心臓が大きな音を立てる。けれど、ディルックが真剣な顔をして目の前の噴水から流れる水を眺めているものだから、はやる心臓が徐々に落ち着いていく。
 
 ――今が、話すタイミングなのだろうか。
 
 この前の秘境内でのディルックとの会話を思い出す。私の事を教えてくれとディルックは言ってくれた。そして私もディルックの事が知りたいと伝えた。その気持ちに偽りはない。けれど、私の事を知って、軽蔑されたらどうする?折角築いてきた関係も崩れてしまって、居場所が無くなってしまったら?さっきとは違う感覚で心臓が音を立てる。膝の上に置いた手が、指先から徐々に冷たくなっていく。
 私は、いつもこうだ。自分の事を考えると落ち着かなくて、混乱する。神の目を手に入れて少しは強くなれたかと思ったのに、結局ディルックに何も言えずにいる。目をぎゅっと瞑ると、脳裏にある人の顔が浮かんだ。それはドラゴンスパインで会った、真っ直ぐに私を見つめるエウルアの顔で、どうして、どうして彼女はあんなにも強く居られるんだろうと拳をぎゅっと握った。すると、握った拳の上に大きな手が重ねられる。ハッとしてディルックを見ると、ディルックは心配そうな顔で私の事を見ていた。
 ディルックは、何も言わなかった。ただただ心配そうに私を見て、手を握ってくれている。私はきっと、酷い顔をしているんだろう。ゆっくり深呼吸をして、噴水を流れる水を見つめる。水の音と、虫の鳴く声、そしてディルックの温もり。気が付けば私は自然と口を開いていた。
 
「…小さい頃、とある事が周囲に知られて、父がパニックを起こして母を殺して、そして父は自殺したの」
 
 私の手を握るディルックの手に力が入る。そして私の手も無意識の内に小刻みに震えていた。
 
「…親戚が私を引き取るのを嫌がったから、私は西風大聖堂に引き取られ、育てられたの」
 
「秘境で見た鏡に映ったのは両親が死んだ時の記憶」
 
「両親が死ぬきっかけになったのは、」
 
 ?旧貴族の末裔である事が周囲に知られてしまったから?
 
 その一言はいつまで経っても、まるで言葉を失ってしまったのかと思うくらい不思議と声に出す事ができなかった。まるで死んだ両親が私の首を締めて言うのをやめろと言っているかのようだった。言葉を発しようにも息を吐くだけで何も出てこない。そうしているうちに呼吸が荒くなって、冷や汗が噴き出してくる。
 
「……ありがとう」
 
 長い沈黙を経て、声を発したのはディルックだった。話している間、ディルックの顔を一度も見ていなかった。恐る恐る彼の表情を窺うと、ディルックはまるで泣き出しそうな顔をして、こちらを見ていた。
 
「……ごめん。続きはいつか…必ず、話すから」
 
 話せるのだろうか、そんな時が来るのだろうか。自分でも分からなかった。旧貴族の関係者は今でもモンドで疎まれる存在だ。エウルアも店で商品を売ってもらえなかったり、道行く人から心無い言葉を掛けられていると誰かが噂していた。私の事を知ったら、きっと、ディルックも…
 堪らず泣き出しそうになって、咄嗟に地面を見ると、私の手を握っていたディルックの手が、強い力で私を引き寄せる。バランスを崩してディルックの方へ倒れ込むと、ディルックはもう片方の腕で私の体を包み込んだ。ふわりとディルックの香りが充満する。突然の出来事に溢れそうだった涙も引っ込んでしまった。背中に回されたディルックの腕に力が込められる。そっとディルックの背中に私も腕を回すと、ディルックはより一層強い力で私の体を抱き締めた。
 
「…よく話してくれた」
 
 背中に回っていた大きな手が私の頭をゆっくり撫でる。ディルックの温もりは安心する。それはまるで、昔母に頭を撫でてもらっていた時の事を思い出すかのようだ。
 感情が洪水のように溢れてくる。気が付けば私は声を上げて泣いていて、そんな私の頭を、ディルックは泣き止むまでずっと撫でてくれていた。
 
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