11


 ガイアが治療室の扉を開ける。ここには初めてきた。ガイアに続き部屋に入ると、そこにはベッドがいくつも並べられており、任務で負傷した団員達がぽつぽつとベッドへと寝転がっていた。ディルックは?とベッドを一つずつ見ていると、奥の部屋の扉が開いて、その中からディルックが出てきたところだった。
 
「具合はどうだ?」
 
 ガイアがディルックに近付きその背をそこそこ強めに叩くものだから、思わず私がガイアの腕を掴んだ。
 
「ちょ!ディルック重傷なんだから!」
 
 余程焦った顔をしていたのだろうか、そんな私を見るとディルックが慌てたように手をぶんぶんと横に振った。
 
「いや、軽傷らしい。腹の傷はもうほぼ完治しているし、足の火傷も軽いものみたいだ」
 
 え?あんなに損傷していたのに、腹の傷はもう完治しているの?秘境で苦しむディルックを思い出していると、私の言いたい事が分かったのか、ディルックが小さく頷いた。
 
「ティアの治療のおかげだよ。ありがとう」
 
「わ、私?」
 
「君が元素力を使い直ぐに治療してくれたからこの程度の傷で済んだらしい。そうでなければどうなっていたか」
 
 ありがとう、ともう一度ディルックは私を見て笑う。ありがとうも何も、私がもっと強ければディルックが怪我をする事はなかった。私を庇ったから負った傷だというのに。
 何も言えずに俯いていると、ふわりと頭に何かが触れる。顔を上げると、目尻を下げたディルックが私の頭を優しく撫でてくれていた。
 
「何を言おうと、君のおかげだ」
 
 その言葉が、胸に沁みる。涙が出そうになったけれど、下唇を噛んで何とか堪えた。けれど、ディルックはお見通しだったようで、そんな私の顔を見るとふふ、と声を出して笑った。
 そんな私達をぽかんとした顔で見ていたガイアが何故かヒュウっと口笛を吹く。それを聞いた途端、ディルックがガイアの背を物凄い力で叩いた。
 
「痛っ!何でだよ、まだ何にも言ってないだろ!?」
 
「君が何を言いたいのかが分かったからだ」
 
「お前怪我してるなんて嘘じゃないのか…そうじゃなきゃ今みたいな力で俺の事叩けないぞ」
 
 自分の背を摩り唇を尖らせるガイアと、仏頂面でガイアを睨むディルック。二人のやり取りを見ていると、やっと日常に戻ってこれたのだと安堵する。
 
「ふふふ」
 
 思わず声に出して笑ってしまうと、ディルックとガイアが笑う私の顔を見て目を丸くする。すると、つられたみたいに二人も笑顔になる。
 
「ディルックの怪我が完治したらエンジェルズシェアで慰労会といこうじゃないか」
 
「…そうだな」
 
 ガイアはウキウキした様子でそう言うと、意外にもディルックもその案に頷いた。慰労会、なんだか楽しそうだな。エンジェルズシェアでわいわい騒ぐ二人を想像していると、ディルックが私の顔を覗き込んで「君も参加するんだよ」と笑った。
 
「私も?良いの?」
 
「お前が居なきゃディルックがやばかったんだろ?なら慰労会の主役はお前達二人じゃないか」
 
 「という事はお前の参加は強制だ」と言ってガイアは笑った。良いのかな、とチラリとディルックを見ると、ディルックは笑顔を浮かべたまま頷いた。
 
 ◇
 
「ディルックの怪我の完治と、ティアの神の目に、乾杯!」
 
 ガチャガチャと三つのグラスが音を立ててぶつかる。あれから二日後、「怪我が完治した」と、脅威的な回復力を誇るディルックの報告を受けて、ガイアはいそいそとエンジェルズシェアへ三名分の予約を入れた。仕事が終わってから集まり、今回はカウンター席ではなく、テーブル席で三人で料理をつつく。飲み物は勿論、ジュースだ。
 
「それにしても、完治するの早くないか?」
 
 ガイアはハッシュドポテトを食べながら、ディルックを見やる。ディルックはまるでフレンチでも食べに来ているのかと見まごう手つきで鳥肉を切り分けている。
 
「言っただろう。ティアが迅速に治療をしてくれたから早期回復できたんだ」
 
 突然出てきた自分の名前に、口に運ぼうとしていた料理を溢しそうになる。だから、ディルックが怪我をしたのは私のせいで、あれはまぐれで…と心の中でごちゃごちゃと言い訳をしてみるが、何を言ったところで優しいディルックの事だ、「君のおかげだよ」と言ってくれるだろう。謙遜する事なくただただ顔を赤らめていると、ガイアが「そうだ!」と指を鳴らした。
 
「神の目を手に入れたって何で早く教えてくれなかったんだ?ディルックも知ってたんだろ?水臭いじゃないか。俺はさっき店の前でティアと話してる時に知ったんだぜ?」
 
 二人よりも早く到着したものだから、エンジェルズシェアの前で待機していると、現れたガイアが私の腰のベルト部分に付いている神の目を見つけて「神の目!?」と珍しく取り乱していた。この前会議があった後に教えてくれたら良かったのにと合流してから数分後の今までにかれこれ三回は言われている。
 
「どういう時に発現したんだ?」
 
 頬杖をついたガイアが興味津々といった様子で私の顔をジッと見る。思い返してみればあれは絶体絶命の状況だった。けれど、どうにかしなければと覚悟を決めた時に目の前に神の目が現れたんだった気がする。掻い摘んでガイアに状況を説明すると、ガイアは何故かディルックと私を交互に見ながら「なるほどなー」とニヤニヤと笑っている。
 
「…何?」
 
「それって、ディルックを守らなきゃと思ったら発現したって事だろ?」
 
「……そうかも」
 
 言われてみれば確かに。一人だったらあんな覚悟を決めなかっただろう。私のせいで傷を負って、そんな中私に逃げろと言ったディルックを絶対に守らなければと思ったのは事実だ。けれど、私なんかよりもうんと強くて騎兵隊隊長であるディルックの前で「ディルックを守ろうと思って」という発言は彼のプライドを傷付けはしないだろうか。恐る恐るディルックの方を見ると、なぜかディルックは少しだけ頬を赤らめてどこかを見ていた。この様子だと怒ってはなさそうで胸を撫で下ろした。
 
「お、もう無くなったか。料理頼んでくる」
 
 話しながら食べていたら、気が付けば料理が少なくなっており、それに気付いたガイアが席を立ちカウンターへと歩いていく。すると、店の扉が開いて、騎士団の制服を着た男達が数人店内へと入ってきた。先輩、だろうか。カウンターへ料理の注文をしに行っていたガイアがその人達に何かを話しかけている。すると、男達はカウンター席へと座り、ガイアを手招いている。知り合いなのだろうか。庶務長をしているくらいだし、あの気さくな性格だ。ガイアは顔が広いんだろう。そんなガイアを見ていると、一瞬だけガイアがこちらを向いて口をぱくぱく動かしている。ん?何て言ったんだろう。ディルックの方を見ると、ディルックは指で輪っかを作ってガイアに合図を送っていた。
 
「…どうやらガイアは暫くあの人達と食事をするようだ」
 
「あの一瞬でよく分かったね」
 
「すまん、と言っていた。つまりそういう事だろう」
 
 ディルックとガイアは性格や見た目は真逆でも、まるで血の繋がった双子のようにお互いを理解しているように思える。すごいな、そんな風に人の事を理解し、理解されてみたい。そんな事を考えながら葡萄ジュースを口に含んでいると、わいわいとした店の雰囲気に、またしても自分が今いる空間が取り残されている事に気付いた。まるで、初めてディルックとここで会った時と同じ状況だ。けれど、あの時と違い、ディルックも私も妙な余所余所しさや、緊張感を抱いてはいない。私だけがそう思っているだけかもしれないけれど、ディルックとの距離も大分縮まって、少しは仲良くなれたような気がして嬉しい。一人満足して、あたたかい気持ちになっていると、向かいに座っていたディルックが席を立った。え、もしかしてディルックもガイア達がいる方に行ってしまうのだろうか。少し寂しい気持ちになり、浮かれていた気持ちが徐々に萎んでいく。しかし、ディルックは向こうに行くどころか、何故か私の隣へと腰掛ける。え、え、と動揺していると、ディルックが遠慮がちに口を開いた。
 
「……この前の事、改めてお礼を言っていなかったと思って。本当にありがとう」
 
「…え、そんな!私の方こそ、本当にありがとう。というかごめん!私のせいでディルックが怪我しちゃって…」
 
 まさかお礼を言われるだなんて思っていなかった。だってお礼を言うのは私の方だ。ディルックに先を越されてしまった焦りから、しどろもどろになりながら言葉を紡いでいると、ディルックはそんな私を見て力が抜けたみたいに笑った。
 
「君を守るのはあの任務でリーダーを務めていた僕の責務だ。だから自分を責めないでくれ。何度も言っているが君の治療のおかげで僕は帰って来れたんだ。ありがとう」
 
 そう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。リーダーを務めたからといって皆を守るのは責務だと堂々と言えるディルックは本当に立派だ。嫌な人ならばお前のせいで怪我を負ったじゃないかと責め立てるだろう。なのにありがとうと、こんな弱い私に声を掛けてくれるなんて、本当に、本当にどこまでも素敵な人なのだろう。
 
「私も…」
 
「ん?」
 
「ディルックを守れるくらい強くなるね」
 
 ディルックが目を見開く。そんな彼の反応を見て、私は何て事を言ってしまったのだろうと、一気に顔が熱くなる。今のなし。そう、今のはなし!もう、こんなの絶対に笑われてしまう。この前の任務であんな失態を見せておいて、何が守る、だ。赤くなった顔を覆いながら指の隙間からディルックの事をチラリと見ると、今にもディルックが腹を抱えて笑い出さないか心配していたが、彼は少し顔を赤くして、目を細めながら私を見ているだけだった。
 
「…ありがとう。君に守られるのも良いけれど、どうか僕に君を守らせてくれ」
 
 まるで絵本の中の王子様のようなセリフに、顔が、体が熱くなる。そんな愛おしいものを見つめるかのような視線を注がれては、勘違いしてしまうじゃないか。
 誤魔化すように一気飲みした葡萄ジュースは、さっき飲んだ時よりもうんと甘く感じた。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -