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「ディルック!?」
 
 倒れ込むディルックに慌てて駆け寄ると、腹部の損傷が思ったよりも激しいようで、息を吸い込む度に激痛が走るのかディルックの顔が苦しそうに歪められる。
 秘境の道はまだ続いている。こんな状態のディルックを背負って先を進むのは難しい。どうすれば良いんだろう。腹部を押さえるディルックの手を必死に摩るが、こんな事をしたところで何の解決にもならない。止血、と思ったが、血は止まっているようだし成す術がない。
 折角神の目を手にいれ、アビスの術師を倒す事ができたのに、ディルックを救う事ができないのならば意味が無い。
 空いている方の手をぎゅっと握り締めると、まるで私に応えるかのように、神の目が淡く光り、私の周りに水元素でできたシャボン玉のような物が浮き始める。これは一体なんだろう、と考えていると、それらはふよふよとディルックの方へと近付いていき、ディルックの体に触れるとパチリと弾けた。すると、損傷していたディルックの腹部が少しずつ元に戻っていく。
 もしかして、これも神の目の力?神の目所持者の中でも治癒能力を持つ者も居ると聞く。私にもそんな力があるのだろうか。先程ディルックに言われた事を思い出す。
 まずは、深呼吸。目を閉じてイメージを浮かべる。
 イメージ…イメージ…さっきのシャボン玉をもう一度出して、ディルックの傷を癒したい。まるで神に祈るかのように両手を組み、力を注ぐ。すると、まるで一斉に鳥が飛び立ったかのように地面から数多くのシャボン玉が表れる。
 それらはディルックを包み込むと、パチリ、パチリと弾けていく。 全てが弾けると、半ば意識を失っていたディルックの眉がピクリと動く。
 
「…!ディルック!大丈夫!?」
 
「……ああ、」
 
 未だ辛そうな表情だが、先程よりもディルックの顔色はうんと良い。良かった、本当に良かった。安心したからか、目からは自然と涙が溢れてくる。そんな私を見ると、ディルックは呆れたみたいに笑って、ディルックの手に重なっていた私の手を、もう片方の手でぎゅっと包み込んだ。
 
「……君は、泣いてばかりだな」
 
 確かに、この秘境に足を踏み入れてから私は泣いてばかりだ。でも、今流している涙はこれまで流した涙とは少し違うんだよ。涙を拭いながら、少しだけ笑って見せると、ディルックも小さく息を吐いてから、控えめに笑った。
 
「………何か聞こえないか?」
 
「え?」
 
 ディルックは身を起こすと、きょろきょろと辺りを見渡した。というか、もう動けるくらい回復してるんだ。神の目の力を侮ってはいけないな、と、ポケットに入れた神の目をそっと撫でた。すると、何処からか「おーい!」という聞き覚えのある声がした。
 
「……あれって」
 
 向かおうとしていた道の方から数人の男女が走ってくる。それは、秘境に入ったばかりの時に崩落した地面へ落下していった団員達だった。
 
「…みんな!」
 
 無事だったんだ。団員達はボロボロの私達を見ると、慌てて手を差し伸べてくれる。重傷のディルックを男性団員達が両脇から支える。ああ、良かった。本当に、良かった。「大丈夫?」と心配そうに私を支えてくれる女性団員に頷くと、男性団員の肩を借りながら歩き出したディルックと目が合った。ディルックは目を細め、安心したかのように笑う。私も溢れる涙を隠す事さえ忘れ、笑顔で何度も何度も頷いた。
 
 ◇
 
 騎士団本部に帰還すると、ディルックは直ぐに治療室へと運ばれた。大した怪我をしていない私は休む暇もなく会議室へと放り込まれる。どういう事が起こっていたのか、何があったのかについて先輩と思わしき人達や、隊長格の人達から質問攻めに合う。妙な鏡の存在、アビスの術師がいた事を話すと、全員苦虫を噛み潰したような顔をして「いつものように、アビス教団の仕業だったか…」と唸った。他の団員達から話を聞くと、崩落した地面へと落っこちると、秘境の出口の部屋にいたという。しかし、秘境から出ることもできなければそこには鍵が掛かっており、部屋を出て先に進むこともできなかったという。暫くそこで待機していると、部屋の扉が開き、先に進むとディルックと私が居たらしい。アビスの術師を全員倒すまで私達も、そして団員達も先に進めない仕組みになっていたという事か。
 報告が終わると、会議は終了となり、ぞろぞろと全員が会議室から出て行く。
 大勢の人から注目され、話す事を強いられて、以前の私なら緊張でどうにかなっていただろう。けれど、そんな事よりもディルックの事で頭がいっぱいだった。元素による治療のようなものを施す事ができたとはいえ、秘境を去る時もディルックの体はとても辛そうだった。会議室を出たら直ぐに治療室へと向かおう。でも、治療中だったら入れないのだろうか。そんな事を悶々と考えながら会議室を出るタイミングを図っていると、背後からポンっと肩を叩かれる。
 
「よっ!お疲れ。大変だったみたいだな」
 
「……ガイア」
 
 振り返るとそこにはガイアが居て、相変わらずの笑顔を浮かべるガイアを見た途端、張り詰めていた緊張の糸がふっと解けた。ガイアも庶務長としてこの会議に参加していたのか。色んな事に必死で全然気が付かなかった。私が余程安堵した表情を浮かべていたのか、ガイアが私の肩を労うかのように何度も軽く叩く。
 
「ディルックが怪我を負ったんだってな。治療室に居るんだって?一緒に様子を見に行くか」
 
 ガイアの言葉に何度も頷くと、私達は会議室を出た。
 
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