愛とまちぼうけ

「今日は?」

 すれ違いざまに掛けられた言葉に目を丸くする。まず先に挨拶とかするもんなんじゃないの?と思ったが、最近の中也はいつもこうだ。私を見ると一言目には今日は来るのか来ないのか、と言う。そしてその瞳は少し不安気に揺れている。皮肉のひとつでも言ってやろうかと思ったけど、早く返事をしろとでも言いたげな中也の様子に、それは飲み込んでおいた。

「行こうかなって思ってたとこ」

 なんて、嘘なんだけど。今日の夕飯は何にしようかな、二十一時からのドラマを見ながらお酒を飲もうかな、と考えていたのに。相手の反応を見て本心と真逆の事を言ってしまうところは自分の長所であり短所であると思う。でも、私が行くと言った途端まるで胸を撫で下ろすかのような安心した表情を浮かべる中也を見て、行くと言って良かったとなぜかホッとした。

「待ってる」

 感情の読み取れない声でそう言うと、中也は私の頭をポンと撫でた。反射的に振り向いてその後ろ姿を見ると、中也はこちらを見る事なく手をひらりと振っていた。相変わらず、キザなやつ。

 数ヶ月前、飲み会でしこたま酒を飲み酔っ払った中也を自宅まで送り届けたのが私たちのこの歪な関係の始まりだった。私も軽く酔っていたというのもあり、そのまま男女の関係へとなってしまった私達は、その後もズルズルと関係を続けている。飲み会後に中也に引っ張られ彼の家に行く。それが恒例となっていた。でも、最近はこんな風に飲み会後に限らず家に誘われる機会が増えていた。別に、嫌というわけでもなければ、煩わしいとも思っていない。中也の事は人として好きだし、男としても見ている。でも、以前と違って少しだけ様子の違う中也の事は気掛かりだった。彼にも彼なりの考えがあるのだろうか。それとも、もうこんな関係をやめにしようと思っているのかな。それはそれで少し寂しいけれど、ただの同僚に戻るだけで、中也が目の前からいなくなるわけではない。
 複雑な思いを抱えながら、定時で帰って中也の家に行けるようにと私は仕事へ取り掛かった。

 ◇

「飯は?」

 鍵の掛かっていない玄関を開けて、リビングへと足を踏み入れると、ソファに座って煙草をふかしていた中也が私を見る。

「食べてない」

「と思ってデリバリー頼んでおいた」

「やった!ありがとう」

 上着をハンガーへと掛けて大袈裟に喜ぶと、それを見た中也がふっと目を細めた。中也の座っているソファの前のテーブルにはデリバリーで頼んだであろう美味しそうな物が沢山並んでいて、その豪華さと量に、今日は誰かの誕生日だったっけ?思うほどだ。中也の隣に座って、食べても良い?という意味を込めて中也の顔を覗き込むと、何を思ったのか中也の顔が迫ってきて、ちゅっと音を立てて口付けられた。予想外の事に一瞬硬直したが、やる事をやってからご飯は食べるのかなと思い、私はそっと瞳を閉じた。

「いや、待て」

「……え?」

 目を開けると、バツが悪そうな顔をした中也が眉間に皺を寄せて俯いている。あれ、違った?ご飯から先?と首を捻ると、まるで自分を落ち着かせるかのように深く息を吐き出した中也が何かを決心したかのように私の目を見た。

「手前との関係を終わらせたい」

 ドクン、と心臓が大きく鳴った。いつかは言われるであろうと思っていたが、まさか今とは。まあ確かに、私達はポートマフィアとはいえ、人としてこんな歪な関係は良くないだろう。恋人も、作りにくくなるしね。この関係が終わったからって中也は近くにいるし、ただの同僚に戻るだけ。そう分かっているのに、なぜか私は首を縦に振れずにいた。

「……で、手前は好いてる奴とかいんのか?」

「…………え?」

 まさか私の返事を待たずして次の話題に移るとは思っていなかった。好きな人?え?こんな関係の中也が私にそれを聞くの?冗談か何かかと思ったけど、中也の顔は真剣そのものだ。

「……えっと…」

 何て答えるべきなんだろう。私の顔をジッと見る中也の視線から逃れようとそーっと顔を逸らそうとしたのに、中也の手が伸びてきて、私の頬に触れると、ゆっくり自分の方を向かせた。

「いねェなら俺と付き合ってくれ」

「…………えっ」

 目を見開いて中也を見ると、中也の顔は真っ赤に染まっていた。巫山戯ているわけではない中也の様子に、つられて私まで顔が熱くなってくる。そんな私を見ると、中也は口角を上げて、なぜか私の腰を引き寄せた。

「オッケー、って事で良いんだな?」

「え!?ま、まだ何も言ってないけど!」

「見た事ねぇくらい真っ赤な手前の顔が返事代わりみたいなもんだろ」

「それは中也につられただけ!」

「はぁ!?俺は赤くなんてなってねェ!」

「どこが!」

 さっきまでの雰囲気とは一転して騒がしくなる。言い合いながらも中也は私の腰をぐいぐい引き寄せると、私の体はあっという間に中也の胸の中へと収まってしまった。反射的に背中へと腕を回すと、これまたオッケー、の意味ととらえたのか中也がへへ、と笑い声を上げた。

「…………まだ何も言ってないけど」

「……手前…この後に及んで…」

「いいよ」

 中也の体が小さく跳ねる。その隙に体を離して中也の頬にちゅっと軽く口付けると、中也の顔が耳まで真っ赤になっていく。それが面白くて中也の肩口に顔を埋めて笑いを堪えると、中也が「笑ってンじゃねぇ!」と私の背中をまあまあの力で叩いた。
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