スキャンダラスに踊る

 眼前に差し出された部屋番号が書かれた鍵に目を瞬かせると、それを差し出した人物も私と同じように目を瞬かせた。
 蓬髪に、あちこちに包帯を巻いた体。右目までも包帯で覆い隠しているが、ちらりと覗く顔は誰もが振り向くくらい整っている。
 どこからか吹いた風で黒の外套がふわりと靡いた。
 陰鬱な雰囲気を纏う彼は幽鬼と呼ばれるポートマフィアの幹部候補、太宰治だ。彼とは任務で一、二度話した事がある程度で、そんな彼が突然私を呼び止め無言で鍵を渡してきたその思惑を読む事ができず硬直していると、まるで勘弁してくれとでもいうかのように太宰が肩を竦めた。

「……溜まってるんだ。付き合ってよ」

 溜まっている?太宰の言葉を反芻するが、それは頭の中をぐるぐる回るだけでなかなか意味を理解できない。
 部屋の番号が書かれた鍵、溜まっていると言う太宰。もしかして、と頭に浮かんだ事を口にしようとしたら、私が言うよりも先に太宰がバツが悪そうに視線を逸らせながら口を開いた。

「それ、ホテルの鍵。さっきも言ったと思うけど忙しくて溜まってるんだ。君、今夜任務ないでしょう」

 ここまで言われて意味を理解できない程馬鹿ではない。しかし、理解できたからといって、はい分かりました。と言える程物分かりの良い女でもない。何故私が大した面識もない彼とホテルに行かなくちゃいけないの?例え彼が幹部候補で、上司にあたる人だからといって、おいそれと言う事を聞くと思わないで欲しい。

「嫌です」

 思ったよりもはっきりと、大きな声で告げてしまった。
深淵の最奥のような真っ黒な瞳が見開かれる。暫しの沈黙の後、私の言葉を聞いてから指一本も動かしていなかった太宰の肩がぶるぶると震え出す。
 もしかして怒った?数歩後退りをすると、ぶはっと言う息を吐く音がして、今度は私が目を見開いた。

「あはは!君、面白いねぇ!真逆断わるなんて!言っておくけど私じゃなかったらこの場で殺されていたよ?」

 堰を切ったかのようにつらつらと話し出す彼は、幹部候補の陰鬱な雰囲気を纏う幽鬼とは程遠い、年相応の少年の顔で、まるでさっきまでの彼とは別人のようだ。
 あはは!と引き続き笑い、鍵を指先でくるくると弄ぶと、その鍵をポケットへと仕舞い込んだ。

「……まぁ、でも女性に対して、些か失礼な誘い文句だったね。出直すよ」

 そう言うと、太宰は両手をポケットに入れ、部屋を出ようとする。そんな彼の姿を目で追っていると、太宰は何かを思い出したかのように振り向いて、にやりと、妖しく笑った。

「次は必ず、君の首を縦に振らせてみせるよ」

 じゃあね、と言うと太宰は姿を消した。
 お誘いを断っただけだというのに、何となくだが大層気に入られてしまったような気がする。
 みんなが関わるなと言う幽鬼と呼ばれる彼。けれど、年相応の可愛らしい笑顔が、何故だか脳裏に張り付いて離れない。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -