お砂糖は多めで

 中也と出会って数年、中也の事を好きになって数年、付き合って一ヶ月。
 腐れ縁という名前の関係から恋人という名前の関係へとステップアップした私達だが、関係性の名は変わろうと、お互いへの態度は特に変わる事は無く、顔を赤くして絞り出すかのように告げられた好きという二文字がまるで夢のようだと感じてしまう程、以前と何ら変わりはなかった。
 
「一ヶ月出張に行く事になった」

「……あー、そうなのか」
 
 喫煙所で煙草を吸う中也の横顔は煙草の煙でよく見えないけれど、特に何も思っていないんだろうなという事くらいは分かった。一応恋人なんですけど、少しくらい寂しがってくれても良いんじゃない?と思ったが、恋人になったからって突然寂しさが募るわけでもないだろう。だって私だって中也と一ヶ月会えないとなったところで寂しくはない…気がする。
 そうなのかと言い煙を吐き出してから何も言わない中也の横顔を暫く眺めていたが、喫煙者ではない私には煙草の煙が目に沁みて仕方がない。黙って喫煙所から出ようと扉に手を掛けると、背後から小さな声が聞こえた。
 
「…怪我すんじゃねぇぞ」
 
 柄にもない事を言う少し赤い横顔につられて私まで赤くなる。「うん」と言って中也の手に触れると、中也はバツが悪そうに帽子を深く被り直した。
 
 ◇
 
 正直、マフィアの仕事で簡単な事は殺しじゃないかと思う。感情云々は置いておいて、何も考えずにただひたすら息の根を止めれば良いからだ。それに比べて他組織との交渉任務は頭も使うしそれなりのコミニケーション力がなければ成り立たない。こういう仕事は芥川くんとかには向いていないだろうな。だなんてコンビニで買ったお弁当を机に広げながら考えていると、ふとその横に置かれたスマートフォンへと視線が移る。
 出張に来て一週間。中也からの連絡はない。定期的にスマートフォンは確認しているが、その画面に何の通知もきていない事を確認する度に肩を落としている自分がいる。なら自分から連絡すれば良いじゃないかと思ってはいるし、分かってはいるが、女々しいと思われたくないという腐れ縁時代から張ってきた妙な意地があり行動に移せずにいる。真っ暗なスマートフォンの画面をタップしてみるが、やはり中也からの連絡はない。自然と転がり出た深い溜め息に笑えてくる。いつからこんな乙女思考になったのだろう。恋をすると人は変わるというが本当に、身に染みる。
 
「…シャワーから先に浴びるか」
 
 開けかけていたお弁当の蓋を閉め直して立ち上がると同時に、聞き覚えのある着信音が鳴り響く。慌ててスマートフォンを手に取ると、画面には?中也?の文字。
 
「えっ、えっ!?」
 
 まさか本当に連絡がくるなんて思ってもいなかったから、喜びを通り越して心臓がバクバクと音を立てる。焦る気持ちとは対照に、できるだけ落ち着いて電話に出ると、『…もしもし』と何故か居心地悪そうな中也の声がした。
 
「も、もしもし…」
 
『……任務は?』
 
「…一時間くらい前に終わったよ」
 
『そうか。…順調か?』
 
「うん、まあ、順調かな」
 
『………なら良かった』
 
「うん」
 
『………………』
 
「………………」
 
 は、話が続かない!話題、話題と頭をフル回転させるが、こんな時に限って何も思い付かない。いや、こんな時だから思い付かないのだろうけれど。落ち着かず立ったり座ったりを繰り返しながら口をぱくぱくとまるで魚のように動かしているが、動かしているだけでそこからは何も言葉が出てこない。こんな姿を中也に見られていたらきっと「まぬけすぎるだろ」と言って笑ってくれるのだろうけど、残念ながら電話ではこの姿を見せる事はできない。いっそこんな私を見て笑ってくれたらこの気まずさを吹き飛ばせるのに。そうだ、中也の方こそ仕事は順調?と聞いてみようかな。よし、と思い口を開きかけたが、電話口から聞こえてきた消え入るかのような小さな声に私は喉元まで出かけていた言葉を呑み込んだ
 
『…早く帰って来いよ』
 
 聞き間違いかと思ったが、どうやら違うらしい。誤魔化すかのように聞こえてくる咳払いに、嫌でも口角が上がってしまう。もしかして、少しは寂しいと感じてくれているのだろうか。そう思うと嬉しくて、愛おしくて、思わず「ふふ」と声を漏らしてしまうと、電話口から『ああ!?何笑ってんだ!』と怒鳴る声がして私は益々笑ってしまう。
 
「ふふふ、あははっ!」
 
『おい!笑うな!…ったく、言うんじゃなかった』
 
「……できるだけ早く帰るね」
 
 私がそう言うと、中也は『……おう』とまたしても小さな声で呟いた。
 私が自分から電話を掛ける事を躊躇していたように、中也もずっと悶々としていたのだろうか。勇気を出して、電話を掛けてくれたのだろうか。くすぐったいようなあたたかいもので胸が満たされていく。お互い恋愛が下手くそだなぁ。
 
「早く中也に会いたいよ」
 
『…なっ!』
 
「お、おやすみ!」
 
  柄にもない事を一方的に言っておいて、勢いよく電話を切ってしまった。こういうところがいけないとは分かっているけれど、私にしては上出来だ。熱くなった顔を両手で覆っていると、スマートフォンに新たな通知が来た。確認すると、中也からのメッセージで、その内容にまたしても顔が熱くなる。
 
『俺も』
 
 たまらなくなってベッドにダイブしてじたばたと手足を動かす。こんなのまるで、恋人同士じゃん!と考えたところで私と中也は恋人同士である事に気が付く。
 これからは恋人である中也の色んな顔が見れるのだと思うと嬉しくて、恥ずかしくて堪らない。
 でもいい加減慣れなくちゃいけないだろうから、帰ったら抱きついて、頬にキスくらいしてみよう。そしたら中也は真っ赤な顔をして抱き締め返してくれるだろう。
 
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