教令院の研究者である私は、植物学の研究の為ガンダルヴァー村に身を置き、半年に一度しか咲かないという花が開花するのを、同級生で、ガンダルヴァー村のレンジャー長のティナリの手伝いをしながら見守っていたのだが、私のミスで、なんとその花を枯らしてしまったのだ。柵で囲っていた花畑の入り口の施錠を忘れ、そこに入ってきたであろうヒルチャールに踏み荒らされた花々は見るも無惨な姿へと変わり果てていた。ガンダルヴァー村に戻りその事をティナリに報告すると、ティナリは青くなって頭を抱えていた。自分の不甲斐なさや協力してくれたティナリへの申し訳なさ諸々の感情が爆発し、気付いたら私はこの丘の上にいた。
「ほんと…何の為に…」
研究に失敗は付き物だ。ましてや植物学は繊細な植物を育てる事が多々ある。こんな失敗幾度も繰り返してきたけれど、本当は部外者である私を快く迎えてくれたティナリや村のみんな、そして研究成果を今か今かと待ち続けている教令院の仲間達にも申し訳ない。いつの間にか太陽はオレンジ色へと変わっていて、うんと遠くの高い山へと沈みかけている。じわり、と瞳に涙が滲んで、目に映すもの全ての輪郭が曖昧になる。泣いたところで何も変わらないのは分かっている。だけど、止められそうにない。ぐすぐすと鼻を鳴らして涙が頬を滑り落ちる。はぁ、何で私はこんなにもダメなやつなんだろう。膝を抱えて遠くの夕日を眺めてると、ふと突然誰かの気配を感じて、私は勢い良く振り返った。
「…え!?セノ!?」
「ああ」
少し遠くにいたセノがこちらへと歩いてくる。慌てて頬を濡らしていた涙をごしごしと拭くと、セノは何も言わずに私の隣へと腰掛けた。
教令院時代からの友人であるセノ。セノはティナリとも仲が良く、ガンダルヴァー村によく顔を出している。こんなところにひょっこりセノが現れるわけがない。恐らくティナリに私を捜してくるよう頼まれたのだろう。ちらりとセノの横顔を盗み見る。すると、今にも落ちようとしている夕日と同じ色をした瞳がこちらを向いた。
「ティナリが心配していたぞ」
「……うん」
「…失敗は誰にだってある。気にするな」
「……セノも失敗する時あるの?」
「あまりないな」
せ、説得力が無さすぎる…そこは「俺にもある」くらい言ってくれるものだと思っていたから驚いてポカンと口を開けていると、それに気付いたセノがハッとしてから腕を組んだ。
「…俺は間違えたのか」
「……いや、セノらしくて良いと思う」
失敗ばかりしていたら大マハマトラなんて務まらないだろう。セノといいティナリといい、教令院を卒業した後もまるで伝説のように名を残している人達は私のような失敗をした事なんてないんじゃないだろうか。そんな事を考えていたら、またしても自分の不甲斐無さに視界が滲んできた。セノに泣き顔を見られたくなくて膝を抱えて顔を背けると、何かが私の頭にふわりと乗っかった。
「……え?」
頭に乗っているそれをそっと掴むと、それは花冠で、一体誰が…と思ったが、そんなのここには私とセノ以外誰もいない。セノを見ると、セノは私の手にある花冠から少し照れ臭そうに目を逸らした。
「…前にティナリが編み方を教えてくれた。俺一人で作ったのは初めてだから不恰好ですまない」
「…………セノが一人で作ったの?」
私がそう言うと、セノが一瞬顔を顰める。花冠をじっと見ると、お世辞にも上手といった出来のものではないが、こういうものとは無縁そうなセノが私の為に作ってくれたんだと思うと自然と顔が綻んだ。
「前言撤回だ」
「…なにを?」
「失敗についてだ」
「うん?」
「俺は今失敗をした。本当はこれは俺一人で編んだと言うつもりはなかったんだ」
「なんで?」
「照れ臭いからだ」
頬を染める事もなく、表情はいつものように固い。一体、どこが照れ臭いというのだろうか。表情と言動がまるで違うセノに笑いが込み上げてくる。ふふ、と思わず声を出して笑うと、セノはこちらを見て目を丸くしていたが、まるで私につられるかのように少しだけ口角を上げた。セノは私の手から花冠を取ると、それをもう一度私の頭上にそっと乗せてくれた。
「お姫様みたいで、ちょっと恥ずかしいかも」
「確かにお姫様みたいだ。似合っている」
冗談はよしてよ!と、少し頬を染めながらセノの肩を軽く叩いてやろうと思ったのに、セノが真剣な顔でこちらを見ているものだから、冗談で言ったわけではないという事を察して、思わず私は俯いた。
花を編んで冠を作るだなんて、柄にも無い事をしたセノ。ティナリから話を聞いて、きっと私を元気付けようと思いしてくれたんだろう。そんなセノの優しさがじんわりと胸の奥底にしみていく。
「…………セノ、ありがとう」
ザアッと風が吹いて、冠から花の香りが鼻を擽る。セノの、夕日のような瞳が弧を描いた。もう一度、頑張ってみよう。研究が成功したら、大きくて立派な花冠を、今度は私がセノに贈らせて?