「幸せが逃げちまうぜ?」
「誰のせいだと思ってるの」
頬についた新しい切り傷に苺柄の絆創膏を貼ってやると、リオセスリは思い切り顔を顰めた。
「おい、こういうのはあんたの方が似合ってるだろ」
「看護師長が公爵に貼ってあげたいって言ってたよ」
良かったね、と背を向けて救急箱の中身を整理していると、肩にずしりと何かが乗って、嗅ぎ覚えのある香水と、紅茶の香りが鼻をくすぐった。
「そう怒るな」
「怒ってない」
「へえ?」
「……呆れてるだけ」
「おっとそりゃ困るな。あんたに愛想を尽かされちゃ大変だ」
私の肩に腕を回したリオセスリがそのまま顔を近付けてくる。いつものように絆されたくなくて避けるように顔を背けると、私の機嫌取りに失敗した事を察したリオセスリが項垂れるかのように私の肩に頭を乗せた。
「……仕方ないだろ。新しく入ってきた奴が何を思ったのか俺に喧嘩を吹っかけてきやがったんだ。周りに居た奴らが止めてくれなけりゃどうなってたかな」
どうなってたってそりゃ新入りの刑期は伸びて、無傷では済まなかった事だろう。どちらにせよリオセスリは今と同じように擦り傷ひとつで済んでいるだろうし。
「……まぁ、確かに今回あなたに非はないもんね」
ぽんぽん、とリオセスリの頭を撫でると、リオセスリは顔を上げたかと思うと私の体にぎゅっと抱きついた。そこまでして良いとは言ってない!と、彼の体を引き剥がそうといてみたが、もう遅く、私の体は彼の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「離れてよー…まだ仕事が残ってるの」
「さっきの騒動で怪我したのは俺だけだぜ?看護師長も居るし、当面あんたは暇な筈だ」
「……」
「これから俺とアフタヌーンティー、ってのは魅力的じゃないかい?」
「……魅力的かも」
決まりだな、と目尻を下げて笑うと、リオセスリはアフタヌーンティーの準備へと取り掛かる。手伝おうと彼の後を追うと、リオセスリは絆創膏の貼られた箇所をポリポリと掻きながらふぅ、と息を吐いた。
「全く、俺は案外良い奴だってのに…なぁ?」
リオセスリが振り返って私を見つめる。確かに彼はこのメロピデ要塞の公爵で、要塞の責任者といえばここに来たばかりの人ならば思わず敵だと決めてつけてしまう気持ちも分からなくはない。けれど彼はこの要塞に住む人々の為に色々考え、そして行動に移してくれている。リオセスリの事を悪い奴だとか、敵だとか、彼の事をよく知っている者ならば決してそうは思わないだろう。
「……そうかな?」
しかし、私が素直になれるかどうかはまた別問題で、思わずいつものように少し意地悪な返事をしてしまった。ティーセットをいそいそと準備していると、ふと影が掛かって、気が付けば私の背後にはリオセスリが立っていた。
「そんな野郎に惚れてるのは、どこのお嬢さんだったかな?」
ティーセットに触れている私の手にリオセスリの大きな手が重なる。な、なにを!と何か言い返してやろうと思ったのに、言われた事があまりにも図星で、何も言葉が出てこない。きっと真っ赤になっているであろう私の顔を見て、リオセスリはニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。