仕方ないって笑いあおう

 朝日が目にしみる。いや、それよりも覚醒した途端に洪水のように昨日の夜の記憶が押し寄せてきて、思わず私はぎゅっと目を瞑った。
 私に背を向け、隣で静かに寝息を立てるアルハイゼンの背中にはまるで猫にでも引っ掻かれたかのような傷が付いている。なんだろうこれと惚ける程馬鹿な女になった覚えはない。これは、昨夜私が付けたものだ。
 下着さえも身に付けていない事に気が付いて、私は部屋の中を見渡した。ベッドの端の方に私とアルハイゼンの下着、ベッドの下にスカートとズボン。部屋の扉の近くにはぐしゃぐしゃになった上着が脱ぎ捨てられている。
 まったく、どれだけ興奮していたんだと頭を抱えながらベッドの端に落ちていた下着を拾って身に付ける。
 研究の為砂漠へと足を運んでいた三ヶ月の間、アルハイゼンとは一度も会っていなかった。勿論、会いたかったけれど、研究を放り出すわけには行かず、結局研究が終わった昨日まで、ずっと会う事が出来ずにいた。私はともかく、アルハイゼンは強かな男だ。恋人と数ヶ月会えなかったところで彼は何の問題もないだろうと、昨日までの私はそう思っていた。なのに、家を訪ね、顔を出した途端腕を引かれたかと思えば、アルハイゼンはまるで飢えた獣のように私を抱いた。

「……必死か」

 ベッドの下に落ちた私のスカートと、アルハイゼンのズボンを拾い上げる。ベッドまで待ってという私の制止を聞かないからこんな風になるんだよ。と、未だ寝息を立てるアルハイゼンの頬を撫でると、アルハイゼンが顔を顰めたかと思うとゆっくり目を開けた。

「おはよう」

「…………おはよう」

 寝起きの掠れたアルハイゼンの声に下腹部が少し疼く。いやいや、朝から何を…と頭を振ると、身を起こしたアルハイゼンはまだ寝ぼけているのか、私を見て、散らかった部屋を見て、そして頭を抱えた。数分前の私と同じ行動を取っている彼に思わず笑みを漏らすと、アルハイゼンの手が伸びてきて、私の腕を掴んだ。

「わっ」

「何を笑っているんだ」

「…別に」

 腕を掴まれたかと思えばそのままベッドの中へ引き摺り込まれて、気が付けば私はアルハイゼンの腕の中にいた。至近距離にあるアルハイゼンの顔と、密着した肌のぬくもりが昨日の事を思い出して妙に恥ずかしい。恥ずかしがっている事を悟られたくなくてアルハイゼンから顔を背けると、無防備になった私の首筋にアルハイゼンの吐息がかかる。

「ひ!……何してるの!」

「君が素っ気ない態度をとるから」

「……素っ気なくなんてしてないよ」

「ほお」

 アルハイゼンの腕から逃れたくて抜け出そうといてみる。けれど、力で敵うわけなどない。しかも、何やらスイッチが入ったであろうアルハイゼンが、私の首筋にカプリと噛み付いた。

「わあ!ちょっと、待って!」

「昨夜の君はもう少し可愛げがあったようだが」

 甘噛みした私の首筋をぺろりと舐めると、アルハイゼンが得意気に笑う。私が昨夜の事を思い出して恥ずかしがってるって絶対分かっているくせに、それを私の口から言わせようとするんだから、本当に意地悪!
 開き直って赤い顔を隠しもせずにアルハイゼンをじっとり睨んでみるが、逆効果だったようで、アルハイゼンは私の顔中にちゅっちゅっと音を立ててキスをした。

「アルハイゼンがそこら中に服脱ぎ捨てるから、回収してあげてたんだよ」

「君も脱いでいただろう」

「アルハイゼンが脱がせたんでしょ!」

 手に持っていたアルハイゼンの下着をアルハイゼンに投げ付けると、それを見事にキャッチしたアルハイゼンはやっと私を自分の腕から解放した。ベッドから下りて昨日着ていたであろうブラウスを探すが、なぜだかどこにもない。この部屋の中で脱いだのだから絶対この部屋にある筈なのに…部屋の中をうろうろと歩き回っていると、いつの間にかズボンを履いたアルハイゼンもベッドから下りて、何かを探しているようだった。

「俺のヘッドホンを知らないか?」

 ヘッドホン?昨夜の記憶を思い返してみるが、一体いつアルハイゼンがヘッドホンを外したのか全く覚えていない。会った時は付けていた気がするんだけど…と、考えながら扉の前に脱ぎ捨てられたアルハイゼンと私の上着を拾い上げると、なんとその下にアルハイゼンのヘッドホンが落ちていた。

「あった!」

 そういえば上着を脱いだ時にアルハイゼンが勢い良くヘッドホンを取っていたような気がする。ヘッドホンをアルハイゼンに渡すと、アルハイゼンは私の顔を見て首を傾げた。

「何を笑っているんだ?」

「いやぁ、必死だったなーって」

 お互いが欲しくて欲しくて堪らなくて、部屋に入ったと同時にキスをして、触れて、ベッドまで待てないからって服を脱いで、数ヶ月会えなかったからとはいえ、どれだけ私もアルハイゼンもお互いを欲していたんだろうか。
 ぽかんとするアルハイゼンに笑いかけると、アルハイゼンは私から受け取ったヘッドホンをベッドの脇に置くと、私に手招きした。大人しくアルハイゼンに近寄ると、ベッドに腰掛けたアルハイゼンが私の腕を強く引いた。

「わあ!」

 バランスを崩した私はアルハイゼンに覆い被さるかのようにベッドへと倒れ込む。慌てて起き上がろうとしたのに、アルハイゼンが私の体にしっかり腕を回しているから起き上がる事ができない。仕方なくアルハイゼンの体の上で項垂れると、アルハイゼンが私の頭をゆっくり撫でた。

「君に会いたくて堪らなかった」

 驚いてアルハイゼンの顔を見ると、アルハイゼンはまるで愛おしいものを見るかのような柔らかな笑みを浮かべていた。
 らしくない言葉と、らしくない表情。偽りのないそれらに胸の奥が甘く痛んだ。堪らずアルハイゼンに抱きつくと、アルハイゼンが私の頬に顔を寄せた。
 部屋中に散らかった服も、見つからないブラウスも、くしゃくしゃのベッドも、とりあえず忘れて、今はいっぱい愛して。
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