不恰好なワルツ

 「あ」というお互いの間の抜けた声が重なったと同時に、まるで花びらが舞うかのように見覚えのある色をした髪が辺り一面に散っていく。ハラハラと落ちていくそれを呆然と見ていると、珍しく顔をぐにゃりと歪めたタルタリヤが勢いよく両手を合わせた。

「本当にごめん!」
 
 彼が私に謝るなんて明日は大雪でも降るのだろうか。まぁ、雪が降ったところでタルタリヤは「故郷を思い出すよ」と言って笑うのだろうけど。
 未だ目をぎゅっと瞑り手を合わせる彼と、地面に落ちた幾つもの髪の毛。そーっと自分の首の辺りに触れると、胸の上近くまであった自分の髪が耳の下辺りまでばっさり切れている事に気が付いた。

「…ない」

「…俺が切っちゃったからね」

 タルタリヤは私に近付くと、酷く悲しそうな顔で短くなった私の髪を撫でた。

 「手合わせをしよう」といつものように彼が言い出したのが事の発端で、きっと彼の事なら私がいくら隙だらけとはいえ私の髪を切ってしまうなんて失態はしないだろう。決着がつく時は寸での所で止まる切っ先が、私がバランスを崩し転びそうになった事で私の髪の毛へと見事に命中してしまったのだ。
 私の体に擦り傷を作った程度では謝る事はなく「修行が足りないなぁ」と言って笑うだけなのに、今の彼は本当に大変な事をしてしまったととても悔やんでいるようだった。

「…髪が短いのも新鮮で、ワクワクするかも」

 眉を下げるタルタリヤに笑顔を向けると、その目が少し細められる。両肩に彼の手が乗ったかと思えばぐいと引き寄せられてタルタリヤの胸板へと鼻先がぶつかった。

「君のそういうところがとても好きだよ」

 頭上から降ってくる声は甘く優しくて、さっきまで昂った表情で手合わせをしていた男と同一人物なのかと耳を疑いたくなる程だ。酷く優しいその声に思わず目を閉じて彼の胸へと顔を寄せるが、タルタリヤは何故か私の体を勢いよく引き剥がした。

「でも髪は女の命って言うだろう?そんな大切な物を奪ってしまったんだ。俺の事を殴ってくれ」

 自分の頬を指差すと、タルタリヤはぎゅっと目を閉じた。別に髪くらい伸びるのだから本当に気にしていないのに、どうやら彼は私が思っている以上に義理堅い男らしい。
 タルタリヤは私のそういうところが好きだと言ってくれたけど、私だってタルタリヤのそういう優しいところが大好きなのだ。
 白く滑らかな彼の頬に顔を近付け、その頬にそっと唇で触れると、タルタリヤは勢いよく目を開いて「違う違う」と満更でも無さそうに笑った。

「それはご褒美だろ」

 頭を抱えるタルタリヤにふふ、と笑うと、タルタリヤは私と、地面に散らばった私の髪を交互に見て小さく息を吐いた。

「…責任は取るよ」

 その言葉に目を瞬かせると、タルタリヤの頬が桃色に色付く。

「…まるでプロポーズみたいだね」

 そんなわけないだろう、何を言っているんだい?とでも返ってくると思っていた言葉は一向に返ってこず、俯く彼の顔を覗き込むと、相変わらず桃色をした頬と、動揺したかのように潤んだ海の底のような碧い瞳と目が合った。

「そう捉えてもらって構わないけど」

 え、それって…今度は私が赤くなる番で、いつの間にか何事も無かったかのような顔に戻ったタルタリヤは、短くなった私の髪を名残惜しそうにじっと見た。

「…まぁ、短い髪の君も、可愛い事には変わりないんだけれど」

 タルタリヤが可愛いと思ってくれるなら、髪なんて長かろうが短かろうが何だって良いんだよ。
 そう伝えたらもう一度、頬を染めて困ったように笑ってくれるだろうか。

 
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