この感情の名は


「レザー!こんなとこにいたの?」
 
 私の声に顔を上げると、赤い双眼がパチパチと瞬く。草原のど真ん中で寝転がっていた彼は、「ナマエ!」と言って駆け寄ってくる。そんな彼、レザーを見て心臓がきゅんきゅんと音を立てた。だって、私を見て笑顔を浮かべて駆け寄って来てくれるレザーを可愛いと思わないなんて無理。抱きつかんばかりの勢いで近寄ってくると、レザーは私の手を取り、掌の上に何かを置いた。
 
「…セシリアの花?」
 
「綺麗、だったから。ナマエに似合うと思って、採ってきた」
 
 私の為にわざわざ住処である奔狼領から遠く離れたところに咲くセシリアの花を採ってきてくれたのだろうか。またしても心臓がきゅんきゅんと騒がしい。思わずレザーの事をぎゅっと抱き締めて「ありがとう」と言うと、抱き締め返して笑顔でも見せてくれるのかと思ったのに、レザーは硬直したかのように動かない。いつもとは違うレザーに違和感を覚えてそっと彼から離れると、レザーはいつも通りのきょとんとした顔をしていたから安心した。
 私の手からセシリアの花を取ると、レザーは私の耳の上辺りにセシリアの花を飾った。
 
「…似合ってる」
 
「えへへ、そうかな?」
 
 なんだか恥ずかしくって顔が熱くなる。とびっきりの笑顔をレザーに向けると、レザーも私に吊られたかのようににこりと笑ってくれた。
 
 ◇
 
 翌日、昨日レザーが寝転がっていたところを訪れると、またしてもレザーは同じ場所で寝転がり、くぅくぅと寝息を立てていた。彼に近寄り、フードからはみ出すふわふわの髪をそっと撫でると、レザーが擽ったそうに身を捩った。
 レザーと居ると、あたたかい気持ちになる。これはどういう感情なんだろう?ふと、一つ思い当たる単語が頭に浮かぶが、いやいや彼は弟のような存在だからと頭を横に振って、その言葉を掻き消した。
 
「…ナマエ」
 
 ふと聞こえた自分の名前に、寝ている筈のレザー見ると、彼は口を何やらもごもごと動かしている。寝言?寝言で私の名前を言ってくれるなんて嬉しいじゃないかと微笑んでいると、レザーの少しカサついた唇がゆっくり動いた。
 
「…ナマエ、好き…」
 
 その言葉に目を見開く。
 好き?聞き間違いかとそっとレザーの唇に耳を寄せると、グッと腕を引かれて、そのままバランスを崩してレザーの体の上に倒れ込んでしまった。
 
「…聞こえた?」
 
 ハッとしてレザーの顔を見ると、レザーは大きな赤い目を開き、私の事をジッと見つめていた。もしかして、狸寝入り?いつの間にそんな事を覚えたんだろう。というか、聞こえた?ってどういう意味?
 レザーの上で何も言えずに固まっていると、レザーの手が私の背中に回る。驚いてビクリと体が跳ねる。すると、レザーはそんな私を見て眉を下げた。
 
「…嫌だった?」
 
「…い、嫌じゃないけど…」
 
 そう言うとレザーの顔が嬉しそうに綻ぶ。背中に回された手に力が込められて、引き寄せられる。気が付いたらお互いの鼻先が触れそうな距離に全身が熱くなる。
 
「好き」
 
 繰り返される好きという単語に頭が沸騰しそう。レザーの言う好きは私の思い描いている好きとは程遠いとは分かっている。けれどこう何回も言われてしまうと俄然意識してしまうじゃないか。
 
「…レザー。そ、そういう事はね、抱きしめたいなとか、キスしたいなとかそう感じる相手に対して言う事なんだよ」
 
 私がレザーの事を弟のように思っているのと同じで、レザーの言う好きも親愛に近いものなのだろう。こういうことを改めて人に教えるのは何だか恥ずかしい。居た堪れない気持ちになり、至近距離にあるレザーの顔から目を逸らすと、背中に回っていたレザーの手により一層力が篭もる。
 
「ナマエの事、抱きしめたい、キスも…したい」
 
「………え!?」
 
 思わずレザーの顔を見ると、レザーの顔がゆっくり近付いてきた。柔らかくて、少しカサついたものが私の唇に触れた。咄嗟の事で目を見開いていたから分かる。私はレザーにキスをされた。驚きのあまり固まっていると、レザーは上目遣いで私を見た。
 
「嫌だった?」
 
 不安そうなレザーの顔に、思わず首を横に振る。弟みたいに思っていた筈なのに、キスをされても嫌じゃなかった。それが私の答えなのかもしれない。レザーに伝えようと思ったけれど、気が付けば私の唇は彼の唇に塞がれていた。赤い双眼に薄目を開けた私の顔が映っている。
 キスをする時は目を閉じるようにと、今度教えてあげなくては。
 
 
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