君が言えばそれは魔法

 好き、という言葉は呪いだ。相手を従わせ、意のままに操り、そして用が済めば最後にはポイ。そんなタチの悪い言葉だと解っておきながらも飽きずに呪われ、そしてポイされてしまう私はどんなに滑稽だろう。

「そうか?」

「……何が?」

「お前の言うその言葉が呪いであるという考えだ」

 向かいの席に座るセノはカードデッキを調節しながら、私に視線を移す事なくそう言った。
 仕事終わりのセノを捕まえて入ったカフェには穏やかな空気が流れている。私一人を除いて。私がフラれると丁度良いタイミングでセノが目の前に現れるものだからいつもセノに話を聞いてもらっている。と言ってもセノは愚痴る私に相槌を打つだけで、でもそんなセノだからこそ話し易かったりもするのだ。しかしそんなセノが珍しく私のめちゃくちゃな考えについて意見を述べてきたじゃないか。驚いてセノの言葉を待っていると、セノはチラリと私を見ると、小さな溜め息を吐いた。

「一般的には前向きな意味を持つ言葉…愛の言葉だろう」

「……そうだね。でもいつも私は好きだからあれをして、これをしてって言われると何でもしちゃうの」

「それは好きな相手に言われたなら従うものなんじゃないのか」

「従うよ。でも私が従ってもそれに見合った対価をくれないの。結局、私の一方通行なの…」

 何だか話していたら情けなくなってきた…しゅんと肩を落とすと、セノはそんな私を見てまさか私が凹むだなんて思っていなかったようで、頬杖を付いて目を見開きながら固まっている。
 自分がすぐに人を信じてしまって、そして向こうは私の事が大して好きじゃないから利用価値がなくなるとすぐにポイされてしまう事くらい自覚している。でもそれなら愛の言葉なんて何の為に存在しているのか。そんなのただの呪いじゃないか。

「ならお前は悪くない」

「……そうかなぁ」

「男運が悪いだけだ」

 セノの言葉がザックリ突き刺さる。まぁ、その通りなんだけど…返す言葉もありませんとハハと笑ってみせると、セノの瞳が真っ直ぐこちらを見ている事に気が付いた。セノはいつも被り物をしているから気付きにくいけど、本当に綺麗な顔をしている。目はパッチリしているし、鼻もスッと高くて、唇の形も綺麗。すると、セノの唇がゆっくり動いた。

「俺にしておくか?」

「…………え?」

 聞き間違いかと目を見開くが、セノの表情は至って真剣だ。私が瞬きを何度か繰り返していると、セノは脱力したかのように椅子の背もたれへともたれかかった。

「返事は?」

「……え、と、なんで?」

 きっと私は今真っ赤な顔をしているだろう。だって、触れた自分の頬がとても熱いからだ。そんな私の顔を見ると、背もたれにもたれかかっていたセノが勢い良く身を起こす。な、なになに?一体もう何がどうなってるの?

「今から俺が言う言葉はお前が言うところの呪いの言葉だが、大丈夫か?」

「……え?」

「俺はこの言葉を何度も言わないし、お前を利用する為になんて使いやしない」

 セノは立ち上がると、私の耳元へと顔を寄せた。真っ直ぐ告げられたその声と、言葉に、もう呪いだなんて言わせてはもらえないだろうと、得意気に笑うセノを見て思うのだった。
 
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