舞い降りるは何色か


「亡くなった人の事を考えると、天国にいるその人の頭上に花が降るんだって」

 小さな墓に長い時間手を合わせていた万葉がゆっくり顔を上げる。どこからか現れた白猫は気が付けば万葉の膝の上で休んでいて、その毛並みをそっと撫でると、私の手の上に万葉の手が重なった。

「なら、今この瞬間、花が降っているのであろうな」

 誰のこと?なんて聞かなくても分かる。この墓の下に眠っている万葉の友人の事だろう。事の顛末は万葉から聞いている。今も彼が存命なら、万葉の、そして稲妻の未来も少しは変わっていたかもしれない。
 墓参りに来て、すこぶる気分良く居れる人はきっと稀だろう。ほとんどの人が亡くなった人を思って感傷に浸るものだ。万葉も無論後者で、いつになく口数が少なく、俯きがちな万葉をどうにか元気付けたくて言った言葉だったけれど、小さな墓を見つめてゆるく笑う万葉の横顔を見てホッとした。

「……どんな花が降ってるかな」

「そうでござるな…拙者はあまり花には詳しくないゆえ、なかなか思い付かぬ…」

 うーん、と万葉が腕を組んで首を傾げる。私は万葉の友人に会った事がない。だから彼の事は万葉から聞いた情報でしか知り得ない。万葉と同じようにうーん、と首を傾げていると、ふと、うんと上の方にある桜の木と目があった。あれは鳴神大社の桜の木だろうか。

「桜…桜の花弁とか良くない?私なら桜が良いなぁ」

 私がそう言うと、万葉も私の視線につられるかのように上を向く。いや、でも桜の花ってすぐに散ってしまうよね?それって少し悲しいかも…不謹慎だったかなとハラハラしながら万葉の服の裾を引っ張ると、なぜか微笑みを浮かべていた万葉が私を見て目を丸くする。

「如何した?」

「いや、桜の花ってすぐ散っちゃうでしょ?失礼だったかなって…」

 誤魔化すかのように万葉の膝で気持ち良さそうに眠る白猫の体を撫でると、万葉がくすりと笑ったような気がした。思わず顔を上げると、万葉は「お主は優しいな」と言って目を伏せた。

「確かに桜は美しいがゆえか、すぐに散ってしまう。しかし、そんな桜の花弁が降り続けるなど、死者からすればこれ以上ないくらい嬉しい事なのではと、拙者は思うでござる」

「……そう?」

「うむ。それに、お主がそんなにも気にするのであれば、拙者が降り注ぐ桜の花弁を全て受け止めよう」

 私の顔を覗き込み、笑顔を見せる万葉に心があたたかくなる。「そうだね」と言って万葉に笑い掛けると、何かがひらひらと舞い降りてきた。あっ、と手を伸ばしたが、それは私の手を交わして、万葉の膝の上で眠る白猫の鼻の頭へと降り立った。まるで私達の話を聞いていたかのような出来事に、万葉と私は顔を合わせて笑った。
 きっと、彼の頭上にも今頃桜の花弁が沢山降り注いでいることだろう。
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