楓の道しるべ


 山菜を取りに来ただけだった。なのに、まるで誘うかのように咲く月夜に映える金色をした花があまりにも美しくて、私は気が付けば来た事のない地へと足を運んでいた。  
 巨木を囲うように、先程の花が咲き乱れている。見た事のない美しい光景に息を呑むと、何処か遠くからまるで叫び声のような風の音がした。しかし、一向に風など吹いてこず、なんだったのだろうと振り向くと、辺り一面に広がっていた金色の花が色を失い枯れていた。
 
 え?一体どういうこと?

 慌てて辺り一面を見回すが、花は萎れて枯れており、さっきまでの美しさが嘘のようだ。花に覆われていた巨木は花の代わりに霧が立ち込めており、美しさとは打って変わってあまりにも不気味な光景に背筋がゾクリと冷えるのが分かった。

「振り向いてはならぬ」

 突然、聞こえた声に体が跳ねる。気が付くと、巨木の麓に少年が腰掛けていた。白銀の髪に混ざる赤毛、血のような赤い瞳に異国の服を着ている。その少年は、少年とは思えない落ち着きを放っていた。

「しかし、遅かったでござるな」

「…どういうこと?」

「お主は振り向いてしまった」

 少年は立ち上がると、ゆっくり私に近付いてくる。よく見ると腰には刀のようなものが差されており、思わず私は一歩後ろへと下がる。私の視線が刀に注がれている事に気付いたのか、少年は「ああ」というと両手を上げて首を振った。

「お主に害を成すことはせぬよ。少なくとも、拙者は」

 どいうことなのかと問う前に、少年は巨木を指差した。

「神隠し、という言葉を聞いた事はあるか?」

 神隠し、神が気に入った人間を違う世界へ連れ去ってしまうというまるで御伽噺のような話。聞いた事はある。ゆっくり頷くと、少年は深い溜め息を吐いた。

「どうやら、お主は神に気に入られてしまったようだ」

「…神なんて、どこに」

 またしても少年は巨木を指差す。息を呑むほど綺麗だった光景が一瞬のうちに不気味な光景に変わった。そして、そもそも此処は何処だというのか。この巨木に神が潜んでいるのならば、私は、本当に神に隠されてしまったというの?じわじわと恐怖心が私を煽り出す。握った拳がブルブルと震え出して、涙が込み上げてくる。そんな私を見ると、少年は腰に差していた刀をゆっくりと抜いた。

「助太刀致そう」

 すると、少年は刀を振り上げ巨木に一太刀入れた。ゴゴゴと地鳴りのような音がしたかと思えば、巨木からまるで叫び声のような轟音が響く。地面が揺れ倒れそうになるが、気付けば近くにいた少年が私の肩をグッと支えてくれていた。

「走れ」

 トンッと背中を押されてよろけそうになる。なんだかよく分からないけれど、助けてくれたんだろうか。お礼を言わなきゃと振り向きかけたが、振り向いてはならぬという少年の言葉を思い出して私は前を向いて走り出した。

「あ、ありがとう!」

 できる限り大きな声で叫ぶ。少年に届くように。
「また何処かで」と聞こえたような気がしたが、風の音が強すぎて、はっきりと聞き取れなかった。
 無我夢中で走り続けているが、一体いつまで、そしてどこまで走り続ければ良いんだろう。泣きそうになる度に頭を振って走り続ける。もう、限界だ。その場に膝をついて倒れ込む。立ち止まってしまった。顔を上げたらまたあの光景が広がっていたらどうしよう。怖くて頭が上げられない。膝がガクガクと震え出す。しかし、目が合った地面は見覚えのあるもので、私は勢いよく頭を上げた。

「…戻ってこれた」

 そこに広がるのは慣れ親しんだ璃月の光景で、安心して涙がボロボロと零れ落ちた。良かった、帰ってこれた。止めどなく落ちる涙を拭っていると、目の前に人影が現れた。

「あっ…」

 見覚えのある人影に驚いて涙が引っ込む。その人物は懐から布を取り出すと私に差し出した。

「拙者は楓原万葉、お主の名は?」

 少年はふわりと笑って、私の頭を撫でた。
 
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