檸檬色の今朝のこと

 朝が来た事を告げる鳥の囀りにゆっくり目を開けると、いつも隣にある白銀の頭をした彼の姿がない事に驚いて目を見開いた。毎朝二度、三度と起こさなければいけない彼が何て珍しい事だろう。身を起こし辺りを見渡すと、私の化粧台の前で自分の髪を束ねては小さく唸る万葉の姿があった。

「…万葉」

「おはよう。よく眠れたでござるか?」

 万葉は振り返ると、まだ半分寝ぼけている私の姿を見てふにゃりと笑った。右手に髪紐を持ち左手で自分の髪を撫でる万葉に近寄っていくと、万葉はバツが悪そうに視線を泳がせた。

「こればっかりはどうも、苦手でござる」

 小さく溜息を吐く万葉に思わず笑みが漏れる。いつも右側に寄っているひとつに纏められた髪、私は好きだけどな。そう言ってしまおうかと思ったけれど、万葉が頬を膨らませてしまいそうだったので呑み込んでおいた。

「貸して」

 手を伸ばし万葉から髪紐を受け取る。ふわふわした白銀の髪を指で梳かして、それを一箇所に集め髪紐で纏めると、鏡を見ていた万葉が「おお」と声を上げた。

「流石でござるな」

「一応自分の髪を毎日結ってるからね」

 私が得意げに笑うと万葉もそれにつられて笑った。いつもより高い位置でしっかり結ばれた万葉の髪を見て、もう少し髪の毛が長かったらうんと色っぽいんだろうなとよからぬ妄想を膨らませていると、万葉は立ち上がり自分の座っていた所を指差した。

「次はお主の番でござる」

「万葉が結ってくれるの?」

「…それは遠慮しておこう。しかし、お礼に髪を梳かすくらいなら拙者にもできるであろう?」

 なるほどそういう事か。化粧台の前へと座ると、引き出しから櫛を取り出した万葉は私の髪の毛をそっと梳かし出した。私の髪を一房手に取ってはゆっくりと髪を梳かす万葉の顔が鏡に映っている。真剣なその表情が昨夜の情事を彷彿とさせて体が熱くなってくる。それを悟られないように小さく深呼吸すると、髪を梳き終わったのか万葉が私の髪を手でひとつに纏めた。鏡に映る万葉の顔がひとつに纏められた私の髪へと近付いていく。え?と思ったと同時にちゅっという音がして、驚いた顔をした鏡の中の自分と目が合った。

「か、万葉?」

 慌てて振り向くと、万葉は顔を上げて悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「おや、こちらにも?」

 何が?と言葉を発する前に、万葉によって私の唇は塞がれた。突然の事に目を見開くと、至近距離にある万葉の目が弧を描いた。ゆっくり唇が離れ満足そうな顔をする万葉から思わず顔を背けるが、背けた先にある鏡に映った自分の顔があまりに赤くて、どうしようもなくなった私は慌てて俯いた。けれど、背中に少しの重みと温もりを感じ、そーっと顔を上げると後ろから万葉が私の事をぎゅっと抱き締めていた。鏡の中の万葉と目が合う。すると、万葉は私の赤く染まった頬にちゅっと音を立てて口付けた。

「お主がそのような顔をするのが悪い」

 万葉は私の体をひょいっと持ち上げると、さっきまで寝ていた布団へと私を下ろした。あっという間の出来事に目を丸くしていると、私に覆い被さった万葉は髪紐を解いてふっと笑った。

「…髪は、また後で結い直してくれるか?」

 解かれた彼の髪を見て、これが何の合図であるか分からない程私も鈍感ではない。小さく頷くと万葉は私に口付けた。
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