だって愛だからさ

「私、万葉の事が好…」

 き、という言葉を発する前に彼により塞がれた私の唇。唇を唇で塞がれているだなんてロマンチックなシチュエーションではなく、包帯の巻かれた彼の掌が私の唇を結構な力で塞いでいる。渾身の告白中に何故口を塞がれているのか意味が分からず首を傾げると、眉間に皺を寄せた彼、万葉が何やらぶつぶつ言いながら顔を逸らした。

「……、れよ…」

「え?」

 小さな声で呟かれた彼の言葉を聞き返すと、万葉は私の口から手を離し物凄い勢いで何処かへと走り去ってしまった。
 その場に取り残された私はただ口をぽかんと開けて万葉が走って行った方向を見つめるしかなかった。
え?どういうこと?
 意味が分からず今の状況を整理しようとゆっくり数分前の事を思い出していく。自分の気持ちに気付いた私はこの思いを万葉へ伝えようと万葉を呼び出した。そして気持ちを伝えようとしたところ、ほぼ出かかった私の言葉は万葉の手により遮られた。そして眉間に皺を寄せ慌てたような万葉の顔…

「……失恋」

 ガクッと膝が崩れる。どう考えたってあれは私から気持ちを伝えられて困ったという顔だった。しかも手で遮るだなんて聞きたくもないという事だろうか。私が万葉の事を好きなのは勿論の事だけれど、万葉だって私の事をよく見ていたり、食事の時には必ず隣に座ってくれたり、月を見ないかといつも誘ってくれたりするものだから彼も私の事が好きなんじゃないかだなんて淡い期待を抱いていたというのに。彼に気持ちを伝えてキチンと断られたならまだ踏ん切りもついたというのに、まさか一世一代の告白を遮られ、走って逃げられるだなんて。
 あまりのショックに指先が氷のように冷たい。目の端からじんわり滲んできた涙を拭う余裕もなく、それは頬を伝って地面を濡らした。これからどうしよう。あの様子じゃ万葉はもう私と仲良くはしてくれないのかな。友達にも戻れないって事なのかな。雨が降ったみたいに濡れていく地面を見ながら彼へと想いを馳せていると、頭上から荒い息遣いが聞こえ顔を上げた。

「か、万葉!」

 そこには肩で息をした万葉が立っていた。慌てて涙を拭うと、彼は私と目線を合わせるかのように片膝を折ってその場へとしゃがみ込んだ。

「…お主の方から先に言わせてしまい、かたじけないでござる」

 眉尻を下げ、私に謝る万葉の言葉の意味が分からずただただ彼の顔を呆然と見ていると、その視線に気付いた万葉の顔が一気に赤く染まる。すると、万葉は懐から色付いたカエデの葉を取り出し、それを私へと差し出した。

「拙者の故郷のカエデの葉でござる。お主にこれを…」

 カエデの葉を受け取ると、万葉はカエデの葉を持った私の手にそっと触れた。赤い顔をした万葉に、万葉が好きなカエデの葉の贈り物。色鮮やかな赤い瞳はまるで何かを決意したかのようにジッと私の目を見ている。都合の良い展開を想像して、段々私まで顔が熱くなってくる。そんなわけないと万葉から目を逸らすと、万葉の手が私の頬に触れ、私はもう一度カエデ色の瞳へととらわれた。

「お主の事が好きだ」

 力強く、はっきりとした万葉の声が耳へと届く。きっと今の私の顔は情けないくらい赤くなっているんだろう。何故かというと万葉が愛おしいものを見るかのようにふわりと笑っているからだ。また滲み出した私の涙を指で掬うと、万葉は緊張の糸が切れたかのようにふぅ、と小さく息を吐いた。

「…次に共に月を見る時に伝えようと思っていたが、まさかお主に先に言われてしまうとは思わなかったでござる」

 屈託なく笑う万葉に遅れて嬉しさが込み上げてくる。けれど、だからといって先に言われてしまったからって口を塞ぐっていうのはどうなの?にこにこと笑い油断し切った万葉の腕に飛び付きぎゅーっと抱き締めると、片膝を立ててしゃがんでいた万葉が驚いて尻餅をついた。

「な、何を!」

「こっちの台詞!私の口を塞いだのはまだ分かるけど何で走って逃げてっちゃったの?」

「…拙者の気持ちをお主に伝える時はこのカエデの葉を贈ろうと心に決めていた故、慌てて自室まで取りに行ったのでござる。暫し待たれよと言ったであろう?」

 走り去る前に呟いていたのはそういう事だったのか。あんな小さな声、聞こえるわけないでしょ。そう言ってやろうとかと思ったけれど、赤い顔を隠す事なくにこにこしている万葉を見ていたらどうでも良くなってしまった。
 万葉から貰ったカエデの葉が咲き誇る万葉の故郷の景色を見てみたいな。それは今度、一緒に月を見た時にでも言ってみよう。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -