シュガーレスには程遠い

「万葉なんて嫌い」

 咄嗟に出た言葉に慌てて口を押さえたが、もう遅い。目の前の万葉の顔がぐにゃりと歪む。彼の顔を見ていられなくて、でも後にも引けなくて、私はその場から走り去った。



 とんでもない事を言ってしまった。
 些細な事で始まった小さな喧嘩は段々ヒートアップしていき、珍しく私を叱責し続ける万葉に何か言い返してやろうと思い口から飛び出た言葉は、彼を傷付けてしまったかもしれない。いや、でもお互い小さな子供でもないんだし、あれくらい万葉からしたらなんて事ないかもしれない。ごめんねと謝れば「気にしていないでござる」と微笑んでくれるだろう。

「…よし」

 ベッドに突っ伏していた私は万葉に謝るべく自室を出た。
 何がともあれ大切な恋人に「嫌い」だなんて口走ってしまった事は早々に謝るべきだ。
 万葉の部屋へと向かっていると、食堂の方が何やら騒がしい事に気付いて中の様子を伺うと、船員達が誰かを囲んで「もうやめときなよ」「飲み過ぎだろ!」と騒いでいる。近寄り輪の中心にいる人物を見てギョッとした。

「万葉!?」

 そこには大きな酒瓶を手にし、顔を赤く染めた万葉がいて、慌てて近くへ駆け寄ると、他の船員達がやれやれといった様子で肩を竦めた。話によると、食堂に現れた万葉は突然酒瓶を掴みぐびぐびと飲み出したらしい。万葉の足元には既に三本程酒瓶が転がっており、四本目の酒瓶を手に持つ万葉を他の船員達が必死に止めている。私と万葉が付き合っているのは周知の事実で、私を見るや他の船員が待ってましたと言わんばかりに私の肩を押した。

「万葉!飲み過ぎだよ!」

 四本目の酒瓶に口を付けようとしていた万葉は、私の声を聞くと赤くなった顔をゆっくりとこちらに向けた。飲みすぎて虚な彼の瞳を見て慌てて酒瓶を奪い取ると、万葉の眉間に皺が寄る。まるで泣き出す直前のような顔をする万葉にぎょっとしていると、万葉は私の服の裾を掴んだ。

「……嫌だ」

「え?」

「…お主に、嫌われたくないでござる…」

 ぽつりと呟かれた言葉に汗が噴き出す。やっぱり万葉は私が言った事を気にしていたみたいだ。しかも、白昼堂々酒を浴びる様に飲むくらい…
 私達を囲む船員達の視線に耐え切れなくなり、お騒がせしましたと言い、万葉の腕を掴んで引っ張ると、万葉はふらふらとした足取りで私の後を着いてきた。
 食堂を出て自室へと万葉を招き、飲みすぎて立っているのもしんどそうな彼を椅子へと座らせる。その前にしゃがみ込み万葉と視線を合わせると、万葉の顔がまたしても泣き出しそうな顔へと歪んでいく。

「拙者の事、嫌いになったのか?」

「…なってないよ。酷い事言ってごめんね」

 万葉の頭に手を伸ばしそっと撫でると、万葉の両腕がゆるゆると私へと伸びてくる。万葉の体へ身を寄せると、彼の腕が私の体を包み込む。その背中に腕を回すと、万葉が私の体を強い力で抱き締めた。

「…拙者も、言いすぎてしまった。どうか、許して欲しい」

「私の方こそごめんね」

 万葉が私の顔にすりすりと頬擦りをする。こんな甘えるみたいなこと、滅多にしないのに珍しい。きっと酔っているからだろうか。そんな万葉が可愛くて、彼の体をぎゅっと抱き締めると、ふわりと体が宙に浮く。
 ん?何故?考える間もなく、私の体はゆっくりと見覚えのあるシーツの上へと下ろされる。私に覆い被さる万葉の顔をハッと見ると、万葉は何故だか服を脱ぎ出している。慌てて起き上がろうとすると、万葉の手が私の肩をトンっと押して、私の体はもう一度シーツへと沈んだ。

「…しかし、あのような酷い事を言うなど、お仕置きが必要であるな」

 万葉は赤い顔に浮かぶ虚な瞳を細めると、私の首筋に顔を埋めた。「…どうか、お手柔らかにお願いします」と言うと、万葉は「それは無理なお願いでござるな」とふっと、笑った。
 言葉には気をつけよう。それと、彼にお酒を飲ませすぎないようにもしないとね。
 
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