どうか止まないで

 あ、と思うと同時に空が泣き出す。私が扉を開けて間もなく泣き出した空に、船員達がゲラゲラと笑い出す。
 私は所謂雨女というやつで、ここぞという日には必ず雨が降るし、私が外に出ようものなら、晴れている時の方が珍しく感じる程度には雨が降る。勿論好きで雨女であるわけはなく、あいつが外出しようとしているから明日は雨だと船員達が笑う度に、ほんの少しだけ落ち込んだりもしている。
 はあーという深い溜め息は雨音により掻き消された。雨で体中が濡れるのも慣れっこだ。濡れた前髪を分けながら目的地へと足を進める。
 北斗船長から「あいつが戻らないから連れ戻しに行ってくれ」と言われ、北斗船長の言う「あいつ」である楓原万葉の元へと向かっている。万葉とは数度言葉を交わした程度で、優しいげな雰囲気を纏っているが、時折鋭い表情を見せる男の子。という印象だ。たまたま近くにいたからといって特別面識のない私を万葉の元まで行かせるなんて、相変わらず船長は大雑把だなぁ。だなんて考えていると、恐らく空き家であろう建物の軒下に座り雨宿りをしている万葉を見つけた。万葉は私の姿を見つけると、にこりと笑って手を挙げた。

「お主が来るとは、珍しいでござるな」

「……北斗船長に頼まれたの。みんな万葉の事待ってるよ」

 態と頬を膨らませると、万葉は、ははっと声を上げて笑った。この男、悪びれる様子もないな。早く行こうよと万葉へ視線をやると、万葉は笑顔を浮かべたまま自分の隣をぽんぽんと叩いた。座れという事だろうか。そっと近寄り横に腰を下ろすと、万葉は満足そうな顔をして頷いた。

「皆を待たせているのは承知。しかし、雨宿りをして行かぬか?」

 泣き続ける空を見上げた万葉がそう言った。その言葉に心がずんと沈んでいく。思わず小さな溜め息を吐くと、万葉はハッとした顔をして立ち上がった。

「す、すまぬ…拙者を態々探しに来てくれたというのに我儘を…」

「え!ち、違うよ!そうじゃないの!」

 私の溜め息を聞き逃さなかった万葉は、どうやら私が自分にうんざりしていると思ったらしい。万葉につられて慌てて立ち上がると、万葉はならば何なのだと言いたげに首を傾げた。

「……私、すごく雨女だから…どれだけ雨宿りしてもなかなか雨止まないと思うよ」

 一向に止まない雨に体を濡らしながら走るのはいつもの事で、そんな事に万葉まで巻き込んでしまうのだと思うと申し訳なくなる。そういった意味を込めた溜め息だったのだ。
 濡れた前髪を触りながら俯くと、何故だかもう一度軒下に腰掛けた万葉が「ああ…」と呟いた。

「お主が雨女である事は知っている」

「…そうなの?」

「船員達が話しているのを聞いたのでな」

 自分の居ないところでも話題になっているのかと肩を落とした私を見ると、万葉は笑った。

「雨女でも良いではないか」

「…良い事なんてないよ」

「…確かに拙者も旅をしている時、雨に降られると宿探しに困り果てた事が何度もある。しかし、雨音を聞くのは好きでござるよ」

 それに…と言うと、万葉は私の顔をじっと見た。少し濡れた髪から覗く瞳と目が合う。よく晴れた日の、深い夕暮れのようなその瞳に羨ましささえ感じてしまう。

「一人では雨宿りも退屈だが、二人ならば退屈ではないであろう」

 ふわり、とまた万葉が笑う。その笑顔を見た途端心臓が大きく脈打った。なんだこれ。と胸の辺りをぎゅっと握ると、万葉が「あっ」と声を上げる。見上げる彼の視線の先にある空を見ると、さっきまでざあざあと降っていた雨が上がっていた。

「あ、止んだ」

 珍しい事もあるものだ。二人で濡れ鼠のように船へ帰る事にならなくて本当に良かった。ほっとする私とは裏腹に、何故だか万葉は口を尖らせている。そして溜め息を吐くと何やら小さく呟いた。

「……残念。二人きりになれる機会など滅多にないというのに」

 万葉は立ち上がり軒下を出ると、水溜りを避けるように跳んでいく。
 え?さっきのは聞かなかった事にすれば良いのかな?やけにうるさい心臓を押さえながら万葉の後を追う。

 雨女も、悪くないかも。
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