そう言って掌を広げると、刀の手入れをしていた万葉の目が数度瞬く。今日はハロウィンという異国の祭りの日で、早速それにあやかりこうして万葉にお決まりの台詞を言ってみたわけだが、西洋文化にはきっと疎い万葉は私の言っている言葉の意味が分からないだろう。しめしめと心の中でほくそ笑んでいると、広げた掌にころんと飴が置かれた。
「え」
「菓子をくれねば悪戯するぞという意味であろう?」
「な、なんで知ってるの!?」
「姉君が言っておった」
だ、大誤算…!私の予定ではトリックオアトリートの意味が分からず首を傾げる万葉に、先程船員より仕入れた狼男の仮装セットを悪戯と称して着てもらおうと思っていたのに!
膝からガクリと崩れ落ちると、取ってつけたような仮装の大きな三角の帽子が私の頭からぱさりと落ちた。万葉はそんな私を見て苦笑いを浮かべると、地面に落ちた帽子をぽすりと自分の頭に乗せた。
「そんなに拙者に悪戯を仕掛けたかったのか?」
「……うん」
「ふむ」
すると万葉は私の手から先程自分が渡した飴玉をひょいと奪い、ぱくりと自分の口の中に入れた。あれ、それ私にくれた筈の飴玉じゃ…万葉は腕を組み飴をぼりぼりと噛みながら何かを考えているようだ。それにしても大きな三角の帽子を被る万葉、とっても可愛いなぁ…狼男の仮装も捨てがたいけれど、もうこれが見れただけで満足かもしれない…だなんて邪な事を考えていると、万葉が私に掌を広げた。
「とりっくおあとりーと、でござる」
「…え」
掌を広げにこにこと笑う万葉から放たれた言葉に硬直する。そういえば万葉に言ってやろう悪戯を仕掛けてやろうという事に必死で、自分はお菓子を用意していなかった。服のポケットに手を突っ込むが、もちろんお菓子など入ってはいない。ちらりと万葉の顔を見ると、先程までの可愛さなど微塵も感じさせない得意気な笑みを浮かべている。
「あ、ちょっと部屋から取ってきまーす…」
抜き足差し足といった具合でその場を去ろうとしたが、万葉の手が私の腰に回る。するとあっという間に視界が反転して体がふわりと宙に浮いた。
「残念。菓子を持っていないのであればお主に悪戯をするしかないでござる」
万葉の顔が目前にあり、呼吸が止まりそうになる。気が付けば所謂お姫様抱っこをされており、万葉は私を抱えたまま何処かへとすたすた歩き出した。
「え!ちょっと、どこに行くの!?」
「拙者の部屋でござる」
部屋!?と思わず口に出すと、万葉の口角がぐいと上がる。
「先程姉君より、お主に似合いそうな随分丈の短い魔女の仮装なるものを貰ってな。どうしたものかと思ったのだが、好都合であった」
そう言うと万葉はまるで獲物を捕食する直前の狼のようににやりと笑った。
どうやら万葉は仮装なんてしなくても、立派な狼だったみたいだ。