鳥籠の鍵の行方


 家訓に縛り付けられ雁字搦めになるのは自分だけで良いと思っていた。けれど大人になるとそんな綺麗事では済まされず、雁字搦めになる方が最善だとさえ思えてくる。

 楓原家が没落し、嫡男である万葉が旅に出たと聞いた時はショックで食事も喉を通らなかった。だって万葉は私の婚約者で、幼い頃からお互い将来を約束していたのだ。けれど、楓原家の復興が上手くいかず途方に暮れる楓原家に私の家は掌を返したかのように知らんぷりを決め込んでいた。所謂良家というのは自分の家の為という原動力しか持ち合わせていない名ばかりの虚像のようなもので、私はそういう抜け目のない薄情な風潮が大嫌いで仕方がなかった。しかし、まだ何の力も持ち合わせていない私には為す術が無く、衰退していく楓原家をただ指を咥えて見ている事しかできなかった。

 楓原家が完全に没落し、万葉は私に「さようなら」と告げて旅に出た。その後目狩り令が行われ、何故だかお尋ね者になった元婚約者の事を思っては枕を濡らす日々だったが、ある日突然目狩り令は廃止され、お尋ね者ではなくなった万葉が私の元を訪ねて来た時、堪らず袖を引いてしまった。

 万葉にさようならを告げられたあの日から私はどうにか両親を説得し、万葉ともう一度婚約できないかと頼み込んだ。没落した家の嫡男というレッテルがあるにも関わらず、頭が硬いと決めつけていた私の両親はなんと首を縦に振ったのだ。万葉にその事を嬉々として伝えると、万葉は微笑み私を抱き寄せた。こんなにも幸せな事があって良いのかと胸がいっぱいになったが、結婚の日が近付くに連れて万葉の様子は変わっていった。

 きっちりとした着物を着せられ、親族に挨拶をし書類仕事に励む万葉はとても頼りになるし格好良い。けれど、その顔色は白かったり青かったりとどう考えても以前の万葉とは異なっていた。

 大きな岩の上で草笛を吹き、鳥と戯れていたあの日の万葉とは程遠く、まるで大空を自由に飛び回っていた鳥が小さな鳥籠の中に放り込まれてしまったかのようだ。
窓の外をよく見るようになった彼に、ある確信を抱く。

  「万葉」と彼の名を口にすると万葉は振り返り私の顔を見てにこりと微笑む。

 ――違う。違う。

 そんな偽りで塗り固めた笑顔を向けて欲しいわけではなかったの。私が俯くと「どうかしたか?」と心配そうに万葉が駆け寄ってくる。

 私の独りよがりかと気付いた時には万葉は私に本当の笑顔を向けなくなってしまっていた。背を撫でる手を取りぎゅっと握ると、以前のような煌めきを無くした瞳と目が合った。

「万葉、さようならをしよう」

「……何故」

 小さく掠れた覇気のない声。その声を聞いた途端に胸が握り潰されているかのように酷く痛んだ。

 私は大空を自由に羽ばたくべき鳥を鳥籠の中に無理やり閉じ込めて、それが最善だと決め付けていたのだ。

 優しい万葉はそんな愚かな私を傷付けまいと鳥籠の中から出る事は無くジッとして、そして憔悴し切ってしまった。

 彼が以前腰に差していた刀と、旅をしていた時に身に付けていた服を渡す。万葉はそれを遠慮がちに受け取ると、私の目を恐る恐るといった風に見た。

 うん。やっぱり万葉は縛られる事なく、自由に旅をしていた方が性に合っているね。
きっとぎこちないであろう精一杯の笑顔を彼に向けると、万葉は小さく震える唇をゆっくり開いた。

「……良いのか?」

 その言葉を聞いた途端にごめんなさいという言葉が頭に浮かんだ。貴方を縛り付けて、私の勝手な価値観でこれが最善だと決め付けてごめんなさい。自由を奪ってごめんなさい。次から次へと言葉が頭の中に溢れてくるのに、それは嗚咽に阻まれ彼に伝えられそうにない。万葉は私の涙を指で掬うと、そっと唇に口付けた。

「かたじけない」

 なんで万葉が謝るの。謝るのは私の方なのに。言葉にできず首を横に振ると、万葉は困ったように笑って、私から一歩離れた。ああ、行ってしまう。けれどひとつだけどうしても聞いておきたい事がある。

「…万葉は、少しでも私の事、好きでいてくれた?」

 視界が涙で滲む。行ってしまう前に彼の顔をきちんと見ておかなくてはと目をごしごしと擦ると、目の前に居る万葉は泣き出しそうな、苦しそうな笑顔を私に向けていた。

「…いっとう、好いておったよ」

 私の頭をふわりと万葉が撫でる。ハッとして顔を上げた時にはもう万葉の姿は無かった。

 やっぱり貴方は雁字搦めに縛られるより、自由に羽ばたいている方が似合っているね。

 貴方が言ってくれた言葉だけで私は生きていけるから。私の大好きな人、どうか、どうか、幸せになってね。
 
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