煮詰まった赤い糸


 鳥の囀りと、静かな寝息。ゆっくり目を開けると、乱れた衣服から覗く白い胸板が目の前にあり、驚いて一気に目が覚めてしまった。少し視線を上へとずらすと、長い睫毛を伏せてすぅすぅと寝息を立てる万葉の顔がある。ああ、そうか。昨日は…と昨夜の出来事をちらりと思い出したところで顔が熱くなる。
 
 事に及び、そして終わるや否やお互い眠い眠いと目を擦りながら同じ布団へと入ったが、さすがに生まれたままの姿で朝を迎えるのはあまりにも不埒ではと思い、どちらかが言い出したわけでは無いが適当に服を羽織り眠りに着いたのだった。
 
 よく見たら私の着物も万葉以上に乱れていて、帯の結び方も適当だ。万葉を起こさないようにそっと身を起こして衣服を整える。余程深い眠りへと落ちているのか、万葉が目を覚ます気配はない。
 
 白い肌に長い睫毛。顔に掛かる銀髪はこれといった手入れもしていない筈なのに枝毛のひとつもない。けれど、薄く開いた唇は少しかさついていて、こういうところが男の子だなと、なんだか擽ったいような気持ちになる。思わずふふ、と声を出して笑うと、ぴったりと閉じていた筈の万葉の瞳がゆっくり開いて、秋の紅葉を思わせる紅い瞳が私を見つめた。そしてその瞳は嬉しそうに細められる。
 
「見過ぎであるぞ」
 
「…お、起きてたの?」
 
「うむ。お主が目を覚ます少し前から起きていた」
 
 狸寝入りをしていたということか。起きていたなら言ってよと言う代わりに、万葉の隣にごろんと寝転がって頬を膨らませると、まだ少し眠そうな万葉の顔がふにゃりと綻んだ。
 
 万葉の手が伸びてきて、私の体を引き寄せる。ごつんと小さく音がしたかと思えば、万葉は自分の額を私の額へとくっつけて、私と目が合うと眉を下げて嬉しそうに笑った。つられて私も笑うと、隙あり、とでも言うかのように万葉の唇が私の唇にちゅっと音を立てて触れる。その唇はやはり少しかさついていて、後で何か塗って保湿してあげなきゃと考えていると、何だかとても万葉の事が愛おしくなって、思わず腕を伸ばして万葉の体へと抱き着く。「甘えん坊でござるなぁ」と、呆れたみたいに、でも嬉しそうに言う万葉の声が、やけに擽ったい。
 
「……唇のかさつきには蜂蜜を塗ると良いんだっけ」
 
「唇?かさついているのか?」
 
「万葉がね」
 
 私がそう言うと、抱き着いているから見えないが、万葉が自分の唇を手で押さえたような気配がした。
 
 蜂蜜を唇にたっぷり塗った万葉を想像したらとても可愛くて笑いが込み上げてくる。でも万葉の事なら「気付いたら全部舐めてしまったでござる」とか言って、また塗り直さなければいけないかもしれない。ありえる、と思い口を開きかけたが、私よりも先に万葉が「だが、」と言葉を溢した。
 
「蜂蜜を塗ったところで、全部お主に舐めとられてしまいそうであるな」
 
 思わず体を離して万葉の顔を見る。そうきたか、と思いながら、万葉の唇を甘い甘い!と言って舐める自分の姿を想像して、確かに…と納得した。それにしても思い付く事がほぼ同じような事で笑えてくる。私達は似た者同士なのだろうか。それとも、共にいる事で考え方が似てきたのかも。そう思うととても嬉しい事だ。余程にやにやとしていたのだろう。私の顔を見ると万葉は「なんでござる?」と言って首を傾げた。
 
「何でもないよ。好きだなと思っただけ」
 
「……蜂蜜がでござるか?」
 
 惚けたふりをして、万葉がにやりと笑う。ある言葉を私から引き出したい時に彼が使うずるい方法だ。でもそれを分かっているのに引っかからない意地悪をする理由なんてない。何故かって、私は万葉の事が大好きだから。
 
「万葉が好きって事」
 
 とびっきりの笑顔でそう言うと、万葉は少し顔を赤くしてから、私の頬にちゅっちゅっと何度も口付けを落とした。
 
「拙者も、お主の事が愛おしくて堪らぬ。好きでござるよ」
 
 唇に落とされた口付けは、触れるだけだったものから、深いものへと変わっていく。
 
 今日は何をして万葉と過ごそうか。万葉が隣に居てくれるなら、どんな時間も特別で、宝物のように思えるの。そう伝えたら、万葉も「拙者もであるよ」と言ってくれるだろうか。
 
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